■祭礼レポート:「津島神社祭礼」 西区則武新町

 かん高い鉦と力強い太鼓の音が町中に響き渡る。西区則武新町で5月14、15日の両日に行われた「津島神社祭礼」には三輪の山車である「石取車」が鉦と太鼓の音をお供に町内を練り歩く。名古屋市内では珍しい勇壮なお祭りに魅了され、筆者は西区に移住した当初からこのお祭りと町内に残る屋根神さまとの風景を写真に残している。

 今年は万博の関係で名古屋まつりが5月下旬(28、29日)に行われるが、石取車は重要文化財ではないものの西区を代表する山車としてエンゼルパークに集結することとなった。そこでは祭に欠かせない鉦と太鼓の演奏も行われる。

 それはともかく、則武新町に足を運んで4年目の今年も屋根神さまは筆者を待っていてくれたかのように、祭の装いで飾られていた。お供えに紫幕、熱田、秋葉、津島の三社の提灯、笹がまつられていた。「神様当番」の方に聞くと、「前はよう、このあたりも(屋根神さまが)ようけあったんだよ。だけど市営住宅を建てたときに全部なくなったなあ」と話してくれた。以前はそこら中にあった屋根神さまも今では2社を数えるのみとなった。

 津島神社前に集結した山車は午後2時半と6時半にそれぞれ町を練り歩く。筆者は14日は終日、15日は半日のみ撮影を行った。昨年は新聞にも祭の模様が紹介されたせいか、カメラを持った人々が多く見られたが、14日にはほとんどいない。

 「今年も来てちょうたかね」といろいろな方に声をかけていただけるのも毎年通い続けたことのご褒美のようだ。こうして限られた時間の中でも自分のことを知って下さる方がいるというもはうれしいものである。

 さて、山車は町内を練り歩いているが、今年のコースは屋根神さまの横を通る経路が少ないようだ。筆者が狙っていた位置には結局来ずじまいだった。でも今年は撮れなくても来年撮れるではないか、と考えるのは筆者のような部外者の甘い考えらしい。というのもこの地区でも他の地域がそうであるように子どもの数が減ってきているという。祭といえば以前は子どもたちが群がってきたものだが、現在ではそういった光景も一部だけとなった。

 名古屋の消えゆく風景として屋根神さまを撮りはじめたが、屋根神さまもさることながら、地域の連帯感を育んできた伝統的な祭礼とその主人公である子どもたちの姿が見られるのもいまのうちである、というのはなんとも寂しいことだ。

 なお、今回の撮影ではいろいろな方との再会、出会いがあった。この場をお借りして厚く御礼申し上げたい。特に(財)平野町町政会の三濃川理事長をはじめお祭りの役の方々には様々な情報をお教えくださったり励ましのお言葉もいただいた。ありがとうございました。