名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

宇閇神社

【FATBIKE古社巡礼!】讃岐國鵜足郡・宇閇神社。

宇閇神社のもう一方の論社はことでん琴平線岡田駅の南側に鎮座する。
とはいっても駅からスムーズに神社に向かうことができず変な方向に行き、迷ってしまった。
目の前には讃岐名物のため池。
日光が水面を照らしキラキラしている。

近くの家の前におじいさんがいたのであいさつをして神社の場所を尋ねた。
神社自体はグーグルマップで見るように池の対岸にある高台の上に鎮座していたが、神社に上がっていく道がないように思った。

「池のふちに小さな道があるから、そこをまっすぐ行って左に曲がると神社に出る坂道がありますよ」

物腰のとても柔らかなおじいさんで、丁寧に教えて下さった。

池のふちの道は狭く、池に落ちないようゆっくりペダルを漕いだ。
教えてもらった通り、坂道(激坂!)を上がると神社に出たものの、本殿の裏側に出た。
またしても正面じゃなかった。
拝殿の前に出てみるとかなりの石段が神社の入口の方まで続いていた。
いったん下まで降りてから再び境内に上がってくるとなると大変である。
なので鳥居から拝殿までの歩数計測をここではやめることにした。

平成二十年に竣功した拝殿と本殿は十年をへたいまも新しい印象を与えるが、それよりもすばらしいのが眼下に広がる景色である。
境内の北側の端からは飯野山を中心に丸亀市内が一望できる。
一見して高い建物がないだけに飯野山の美しさが何ものにも邪魔されずひときわ目立っていた。
小さなベンチが置かれていたので「綾歌十景」に数えられるその風景にしばし見入ってしまった。

ベランダからでさえビルやマンションばかりで緑がほんのちょこっとしかない名古屋の我が家からの眺めと大違い。
だから風景自体がせかせかしているようだけど、ここではベンチに座って見ているだけで気持ちがのんびりしてくる。
もし讃岐で暮らすようになれば性格も少しは変わるだろうか。

祭神は武内宿禰命。
ちなみに社名は「ウベ」と読む。
先に訪れた栗熊の宇閇神社は「ウノイ」と読むから、祭神だけでなく社名の読み方までも異なっている。
不思議だ。

【FATBIKE古社巡礼!】讃岐國鵜足郡・宇閇神社。

宇閇神社の論社二社のうち綾歌の宇閇神社はレオマワールド手前の小高い丘の頂部分に鎮座する。
神社の最寄り駅はことでん琴平線栗熊駅。

快晴のその日、逗留先のマンションを出て最初の訪問先である田村神社を訪れた。
二番目の宇閇神社へは田村神社参拝後、ことでんの線路に沿って走っていった。
しかし早く着きたい一心に休憩なしでペダルを漕いでいたから一時間ほど走りっぱなし。
ロングツーリングバイクではないわがFATBIKEなので体が痛くなる前に休憩を入れなくてはいけない。
国道32号線をレオマワールドへ続く道で南下すると交差点にコンビニがあった。
神さまの前で疲れた顔をするのは申し訳ない。
コンビニコーヒーでひと息入れた。

コンビニ前の道を上がりきった場所が森になっていた。
入口は奥まったところにあるため道路沿いに鳥居はなく、代わりに「宇閇神社古墳」の案内板が立っておりその矢印に導かれて境内へ。
日の当たる道が突如、木々により密に覆われ薄暗くなるとそこは神社の入口で鳥居が立っていた。
そのすぐ左側の盛り上がった場所が宇閇神社古墳である。

墳上へは上がれるようになっていた。
立ち入り禁止になってはいるが石室をのぞくこともできる。
横穴式石室の羨道は境内の社務所近くまで伸びているそうだ。
神社という場所と一体になっているのがよく分かる。
古墳が先か神社が先か。
古墳前の説明には古墳時代後期とあり、「式内社調査報告」には神社の創始について「允恭天皇の御代、酒部盆甲黒丸の創祀」とあるから古墳のあとに神社が築かれたことになる。
それにしても死穢を忌み嫌うはずの神社と古墳という名の墓がこうして一体化しているのは不思議としかいいようがない。

古墳を堪能してから境内へ。
鳥居をくぐり正面にある拝殿まで45歩、まずは参拝。
祭神は鵜羽葺不合尊。
同報告には「三代物語」を引いて当社に関係する逸話を載せている。
鵜が盆甲黒丸に清泉の場所を教えたことから郡名が鵜足になった地名潭に加え、井の上に祠を建て酒を醸しその味が甘く色が黒かったことから盆甲黒丸という名前になり、允恭天皇に献納したことから酒部の姓を賜ったという。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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