名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

【旅の空から】クスノキから京都を見てみたら…

6月第2週から毎週末、京都に来ている。
とはいえ通信制大学の授業が目的なので、駅と学校の往復で週末が終わる。
教室で同じ志を持った学友とともに机を並べられることは、新鮮な経験である。

しかしせっかくの京都、駅と学校を往復するだけではもったいない。
土曜日の授業は幸い午後からなので、早めに到着して歩いてみた。

上七軒でお土産を買ってから学校のある千本北大路方面に向かう。
狭い路地を歩くと所々にお地蔵さまをまつる祠が見られた。
京都の町の神さまである。

鞍馬口通近くで千本通に出た。
するといつも車窓から気になっていたクスノキがあらわれた。
根元近くから二つに分かれてそれぞれ立派な幹をつけているが、マンションの敷地内にあるため葉をつけた小枝はすべて刈り取られていた。

「クスノキを剪定しました」

柵にはそう書かれた紙がはられていた。
一方、クスノキの横には「区民の誇りの木」と木札が立っている。

京都は住宅が密集しているので、クスノキのような巨大化する木は境内地ならまだしも、住宅街での生育には葉害のような問題が出てくるので、難しいのだろう。

でも京都のクスノキ問題を調べてみたら歴史がある分、名古屋以上に何かが出て来そうで面白そうだ。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地1

そのクスノキは「クスノキさん」と呼ばれている。

僕が巨樹、なかでもクスノキに関心を抱いてからというもの、熱田神宮や高蔵神社のような大きな神社の境内地に植えられているクスノキから、村上社のように木をご神体にまつる神社のクスノキまで、樹高にしろ尋常でない幹の太さにしろ、そのすごさに圧倒されてきた。

クスノキさんは第二次世界大戦の空襲で燃えてしまったため、幹のなかは空洞になってしまっている。
だからこそ、これまで目にしたどのクスノキよりも異形で異質である。

いまでは隣のクスノキの方が大きくなってしまって、クスノキさんの頭上に枝を伸ばすほどの樹勢だ。
密度の濃い葉に覆われているクスノキさんの姿は、まるで森の奥に住む木霊である。

柵の外側からでもクスノキさんは十分に眺めることはできる。
でも可能ならば近くで見てみたい、樹皮を触ってその生命力を感じてみたい、と思った。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地3

「地図に出てこないのになんで本に載ってるんだろう」

クスノキのある雲龍神社は「中区」の「松原」にあるはずである。
Googleで検索してみると、木の空洞部分に社殿を納めた写真が出てきた。
書店で見つけてから、いても立ってもいられない気持ちで前のめりになっている。
いったん立ち止まりスマホ画面を眺めた。

「松原緑地」

かつて雲龍神社があった場所から神社はなくなり緑地になっているようだ。

僕が名古屋の屋根神さまに興味を持っているときに、おまつりが大変だからといって神さまをなくす現場に立ち会ったことがある。
同じような理由で雲龍神社もなくされたのだろうか、それともほかの理由があってなのだろうか。

栄から歩いて20分ほど。
水主町の交差点東側、高台にある住宅街にそのクスノキは立っていた。
住宅の屋根の上あたりにまで枝が伸びているので場所は簡単に分かった。
緑地は柵で囲まれ入口は施錠されている。
近くで見ることはできないけど、柵の外側からでも十分に眺めることはできる。

それは、幹が空洞になってぽっかり穴の開いてしまったクスノキだった。
立派、を通り越して、神々しい、という言葉がぴったりだった。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地4


大須近辺のクスノキを紹介するなら、ここをはずすわけにはいかないだろう。
とはいうものの、僕もクスノキについて知ろうと思わなければおそらく、関心も興味も持つことがなかったのではないかと思う。

そのクスノキ、いや「クスノキさん」を初めて知ったのは、栄にある書店、よく立ち寄る民俗コーナーではなく森林や植物、生物の本が多い自然科学系のコーナーでだった。
とはいえ理科系の専門的で難しいことは分からない。

僕が手にしたのは東海地方の巨樹を紹介する本だった。
目次から愛知県を、そして名古屋市を探し出す。
うる覚えだが、名古屋市内にある巨木の数はそれほど多くはなかった。
でも所在地に「中区松原」という文字を見つけたとき、「近いじゃん」という言葉が反射的に出てしまった。
栄からなら歩いてだって行ける距離である。

場所は歩きながらiPhoneで確認すればよい。
大須方面に歩みを向けながら地図アプリに「中区松原 雲龍神社」と入れてみる。

しかし、なぜか目的の場所は出てこない。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区大須三輪神社1

同じく大須商店街の北側に位置する三輪神社。

境内社である幸宮社は、社宮司や三狐神社と関連する社でもとは独立してまつられており、「オシャグジさま」と呼ばれていたという。

本殿を参拝して幸宮社に向かおうとしたとき、クスノキの幹に何やら巻きつけられていた。
とはいっても神木を象徴する注連縄ではなく、ハートマークを形どったものと破魔矢である。
縁結び祈願か近くには同様のものがいくつもつるされていた。

クスノキと縁結び? 

いまいちその理由が分からなかったけど、幸宮社になら理由を求められるのかもしれない。

幸宮社の祭神は猿田彦命、「古事記」天孫降臨の場面で、邇邇芸命が天から降臨する際に八衢に立っていた神である。
猿田彦命に言葉をかけた天鈿女命とは後に夫婦となることから、道祖神としてまつられることがある。
猿田彦命が夫婦神であること、社名に「幸」がつくことから縁結びに結びついたのだろうか。

クスノキと縁結びの関係...
今後のテーマである。

写真は名古屋市中区。

※参考文献
蜂谷孝夫「名古屋地方の社宮司信仰」天白川流域研究会 1981

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区大須北野神社4

木はかつてあった風景、町の面影を記憶する。
名木や巨木と呼ばれる木ではなくとも、長い時間を生きる過程で幾世代の人々とともに守り守られる関係を続けてきた。

大須観音の周辺には巨木も含めそこに住む人々の生活に根づいたクスノキがある。
僕の好きな春日神社の、根が肥大したクスノキもそのひとつであるが…

大須観音裏手、角地に鎮座する北野神社は天神さんとお稲荷さんをまつる小社。
提灯や玉垣に周辺のお店の名前を連ねることから察するに、商売繁盛の神さまのようだ。

天神さんの社から入り、手を合わせてからお稲荷さんに向かおうとすると、隅に植えられたクスノキの切り株から若い葉が出ていた。
切り株とはいえ樹皮の間から上へ上へ伸びようとする生命力は迫力がある。
その姿を撮っておきたくてカメラを取り出した。

六月に入り再び訪れると、若い葉はすべてきれいに刈り取られていた…

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

五十年前の中日新聞紙面をにぎわせた、東区橦木町の大楠。

記事を読み進むとクスノキと地域の人々との関係性が見えてくる。

戦時中の燃料不足のときには切って薪にするという話が出たが、これだけの木を切るのは惜しいと取りやめとなった。

また戦災にあったときには小枝が燃えながら火を食い止めたこともあった。

そういった記憶のためにクスノキに対する愛着も深く、町内の守り神として大切にしたい、自分の住む家は移転してもクスノキはこのままにしてほしい、という訴えとなった。

記事を見る限り悲観的な見方が支配的だったが、その後のことについては現在の姿を見れば分かる通りだ。

それから三十五年後、中区松原のクスノキが伐採の危機に直面した。
2002年の中日新聞記事には、橦木町の大楠を市に残させた、当時の山吹小PTA会長の言葉が出ていた。

「自分が小学校へ通うときに眺めた木がなくなるのが忍びなかった。町は変わっても、面影を木は残している」

※参考文献
「中日新聞」1967年(昭和42年)1月8日付市民版
「中日新聞」2002年(平成14年)11月19日付市民版
名古屋市農政緑地局「生きている文化財 なごやの名木」1987年

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413東区橦木町2

「樹齢300年のクス 道路拡張ひっかかる 東区橦木町内」

名古屋市東区。
「空港線」と呼ばれる国道41号線には現在、名古屋高速が重なるようにその頭上を通過している。

記事のクスノキは東片端交差点北側の高速道路入口付近に専用に作られた浮島の上に立っている。
手もとの資料によれば樹高18m、幹回り3.29m。

実際に浮島に上がって参拝してみると、幹部分には注連縄が張られ根元には花や供物が供えられていた。

1967年1月8日付け中日新聞市民版。
マイクロフィルム化された記事によれば、クスノキの樹齢は約300年。
武家屋敷の多い橦木町界隈には邸宅内に巨木がそびえるが、なかでも「この大クスノキは代表的な名木で地元の人たちに親しまれてきた」という。

しかし名古屋市の都市計画路線、つまり空港線の道路拡張により伐採の危機に直面した。
記事は、これまで親しんできた木の保存を地元の人々が強く望んでいると伝えている。
記事とともに掲載された写真には道路脇に立つ道路拡幅以前のクスノキの姿が写し込まれていた。

写真は名古屋市東区。

※参考文献
「中日新聞」1967年(昭和42年)1月8日付市民版
名古屋市農政緑地局「生きている文化財 なごやの名木」1987

【大阪・大阪市】巨木・神木・クスノキさん

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ネットで偶然に新聞記事を目にしたことから大阪市内の木まで訪ね歩くことができた。
前日に滋賀・高月の野神さんという、同じく木を神体とした神さまを回って歩いていたので、大都市と農村部での神木認識に差があることが分かった。

高月町の野神さんはケヤキやマツ、スギなど、木そのものが神である。
五穀豊穣を祈願したり、場所によっては村境に存在していた。
また遠くから村を見たときに、突出して高いので村の目印となることもあったのではなかろうか。
さらに根元の回りに五輪塔の破片のような石を置いたり、幹に御幣を置いている光景も見られた。

一方、大阪での道路上の木にはクスノキ、イチョウ、エンジュと多様であるが、種類こそ違えど、ほぼ蛇を神体としておまつりしており、札などから家内安全を祈願していた。

ムラにはムラの問題があり、マチにはマチの問題がある。
両者ともに問題解決を身近な存在である木に求めた。
五穀豊穣から個人の幸せまで、自分たちの日常空間のなかで切実な問題を解決してくれる。

でも、それがなぜ木なんだろう…
その疑問が、次なる木を見つける原動力になるのだ。

写真は大阪市西区。

※参考文献
「車道の真ん中になぜ巨木? 大阪中心部のミステリー」 日本経済新聞 大阪夕刊いまドキ関西 2012年11月14日付(web版11月22日付を参照)

【大阪・大阪市】巨木・神木・クスノキさん

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大阪市西区川口。

安治川の川底トンネルを通り反対岸に出て歩くこと十五分。
大通りをなかに入り、会社社屋と新しくできたマンションが建ち並ぶ一角に「楠大神」はまつられていた。
中央区辺りで見かけた道路中央の浮島方式ではなく、会社敷地の角に植えられたクスノキを囲むように社が構えられている。

クスノキは葉をつけた枝をこんもりさせてはいるが、樹齢はそれほど古くなさそうだ。
鳥居をくぐると、もうひとつの切り株があった。
枯れてから時間がたっているようだ。

小さな神輿型の祠が僕の目線の高さにおまつりされている。
白蛇の置物があるので、楠大神のご神体は蛇と思われる。
さらに足もとには先代だろうか、80センチくらいのクスノキの幹が置かれており、注連縄が張られたコブに「楠大神」と書かれた扁額が載せられている。

大阪で見たどの社にもいえることだが、こちらも負けず劣らずきれいに掃除が行き届いていて清浄感が漂っていた。
とても大切に守られているのが初めて訪れる僕にも伝わってきた。

写真は大阪市西区。

※参考文献
「車道の真ん中になぜ巨木? 大阪中心部のミステリー」 日本経済新聞 大阪夕刊いまドキ関西 2012年11月14日付(web版11月22日付を参照)
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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