名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

滋賀県

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・櫟原神社

190502櫟原神社(櫟)2

大学時代の友人とともに鯖街道にあるお店に鯖ずしを食べに行こうと約束していた。
FATBIKEとロードバイクという異色の組み合わせ。
ゆっくりペダルをこぎながら安曇川沿いの県道を北に向かうと、道路沿いの森が視界に入った。
翌日五月三日が祭礼日のようで、入り口には「櫟神社」と染められた幟が立てられていた。
友人とともに参道を進む。
本殿の手前に立つ鳥居をくぐり正面の覆屋に鎮座する本殿まで25歩、まずは参拝。

お社は桧皮ぶきで大変古そうな造り。
向かって右手には一社の祠が、左手には数社を収めた祠が立っていた。
友人を待たせてはいけないと思いながらも、本殿の周囲を一周。
櫟原神社の論社である当社について、由緒などは見当たらない。

「式内社調査報告」によれば祭神は罔象女神と片岡神。
岡と安曇川の水に囲まれた場所にふさわしい神と書かれている。
また延喜式にふられたルビには社名の「櫟原神社」を「イチヒハラ」と読んでいるが、「櫟」はクヌギと読む。
境内を見渡したけど、よく目につくのはヒノキのような針葉樹だった。

写真は滋賀県高島市。

190502櫟原神社(櫟)1

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・大荒比古神社二座

180805大荒比古神社2

波爾布神社の参拝を終えて大荒比古神社に向かう。
通り抜けた森からはカナカナカナとヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。
しかし森を抜けると日差しがジリジリと照りつけ、額からには汗がほとばしる。

両社間の距離は五キロ。
何でもないときと比べると猛暑のなかでは余計に遠く感じられる。
途中にある熊野本古墳群にも立ち寄ろうとした。
説明には隣接して高地性集落があったとされ見てみたかったが、急坂のため向う途中であえなく撃沈。
諦めて先を急ぐことにした。

境内に到着したものの、大きな神社なのに鳥居が見られないことを不思議に思っていたら、長い参道の向こう側に立っていた。
いつもなら鳥居まで戻り拝殿までの歩数を数えるのだが、暑さのため割愛することに。

石段を上がり拝殿を回って本殿にて参拝。
由緒が書かれたパンフレットを一部いただいた。
社名とともに書かれた四つ目結の神紋に見覚えがあった。
確か湖東の沙沙貴神社も同じだったはず。

主祭神は豊城入彦命と大荒田別命だが、相殿にまつられている四座(少彦名命、仁徳天皇、宇多天皇、敦實親王)は佐々木氏が当地を領有した時代に累代の祖神としてまつったものだという。

境内のベンチに座り、空を見上げるとトンビの群れが上空を旋回していた。

写真は滋賀県高島市。

180805大荒比古神社5

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・熊野神社

180805熊野神社1

木の枝に大股開きで座って枝の表面をかじっていたおサルさん。
その姿をじっと見ていたが、そろそろ神社へと思い、立ち上がるとびっくりしたように山のなかに逃げていった。

小川にかけられた石橋を渡り鳥居をくぐって拝殿まで71歩、まずは参拝。
境内でいただいた由緒によれば波爾布神社の祭神は水神である彌都波乃賣命と土神である波爾山比賣命の二柱。
当初は彌都波乃賣命をまつっていたが、天平十三年に阿波国勝浦郡の建島女祖命神社から波爾山比賣命を勧請した。
三間社流造の本殿は県の文化財に指定されている。

その本殿に向かって左側には熊野神社が鎮座する。
「式内社調査報告」によれば近江国高島郡の熊野神社と考えられる論社のひとつ。
小祠には「式内社熊野神社」と書かれた石碑が立てられていた。

現在神社がある饗庭野はかつて熊野山と呼ばれ、その地主神としてまつられていた。
元亀三年に焼き打ちにあったとき御神体を猛火のなかから運び出し波爾布神社の
境内にまつったという。

熊野神社の手前にはスギがご神木でとしてまつられている。
根元付近が二股になっており、波爾布神社の祭神二柱を象徴すると説明には記されている。

写真は滋賀県高島市。

180805波爾布神社3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その三

180805都久夫須麻神社8

狭い道を通り抜け境内に出た。
湖を向いた本殿とその手前には竜神の拝所があり、どちらも参拝客でにぎわっていた。

FATBIKEを境内のふちに立てかけ、石段を上がり国宝である本殿へ。
まずは参拝。

殿内は写真撮影禁止。
なかなか来られないところでもあるのでじっくり目を凝らすと扉や桟には細かい彫刻が施されていて豪華だ。
説明によればそのひとつひとつが彩色されているそうだが、正面部分は日に焼けており色がはげている。
そこで隙間から奥をのぞいてみると確かに彩色されていた。

参拝案内図には市杵島姫、宇賀神、淺井姫を祭神として記されていた。
一方、「日本の神々」という本には、神秘的な島自体に神が宿ると考えられたことから祭神は竹生島神ではないかとしている。

本殿の向かい側の竜神拝所では「かわらけ投げ」ができる。
かわらけとは小さな素焼きの皿で、願い事と名前を書いた二枚の皿を海に向かって投げ、鳥居の間をすり抜けたらよいとのことだ。
えいっ、と手のスナップを効かせて投げるが、うまく飛ばず落下してしまった。

参拝を終え港に降りて休憩していると、船が到着ともに参拝客が列をなして島に上陸してくる。
竹生島が信仰の島であることは僧侶の先導で参拝目的にやってくるひとの姿の多さからも分かる。

再びFATBIKEを船に載せた。
マキノ桟橋まではあっという間に到着。

「これから先も熱中症に気をつけて走ってくださいね」

船内スタッフの方の言葉にお礼をいって湖岸に降り立った。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社9

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その二

180805都久夫須麻神社4

幸い竹生島を経由する「ビワイチショートカットクルーズ」の予約は取れた。
彦根から第一便で竹生島に向かい、そして第二便で竹生島からマキノへ。

台風の影響で最初の予定日はキャンセルになり、翌週、再び予約を取るという波乱はあったけど、竹生島に向かう当日は快晴だった。

「乗れるところありませんよ」

彦根港の担当者は僕が竹生島に自転車ごと上陸するとは思ってもいなかったようだ。
でもFATBIKEがなければ意味はない。

「上陸して写真を撮りたいんです」

船は定刻通り出航、FATBIKEは船尾近くにヒモで固定された。
約四十分ほどすると緑の木々に覆われてこんもりとした島が目の前に現れた。

FATBIKEを船から下ろしたが確かに走れそうな場所はない。
そもそも道らしきものは港と拝観料を購入する場所までしかないので、自転車には乗れず押して歩くしかなかった。
そして自販機で拝観料を購入。

「自転車を担いで神社まで行ってもいいですか」

もぎりのおじさんに尋ねた。

「いいけど、なんならそこに止めておいてもいいよ」

せっかく来たのだから神社まで持っていきたい。
FATBIKEを担ぎ急な石段を上がる。
正面に大鳥居の手前を右手に道なりに進む。
朱色の小さな鳥居をくぐり露出した岩を踏みしめながら歩いていくと境内に到着した。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その一

180805都久夫須麻神社1

「本当に行けるのだろうか?」

琵琶湖に浮かぶ竹生島に鎮座する近江国浅井郡の都久夫須麻神社。
行くとなれば当たり前だが、船に乗るしかならず、FATBIKEを乗せてくれる船があるのだろうか。
近江国の神社を回りながら、竹生島のことが常に頭にあった。
そんなとき自転車で琵琶湖一周をする「ビワイチ」関連本を何気に見ていたら夢のような航路を発見した。

「ビワイチショートカットクルーズ」

自転車を積んだ船が彦根港を出港、竹生島を経由してマキノ桟橋に向かうというものだ。
これなら竹生島のあとに高島郡の神社にも行けるから一石二鳥である。

オーミマリンのホームページによれば、クルーズ船は彦根港発・マキノ桟橋発ともに一日二便。
途中、竹生島上陸客を降ろしてからそれぞれ目的地に向かう。
スケジュールだけ見れば、一便に乗って竹生島上陸後、次の二便でマキノ桟橋に行くことはできそうだ。

ただ、もしこのクルーズ船を利用するとしてFATBIKEごと竹生島に上陸することはできるだろうか。
心配は尽きない。

「ビワイチショートカットクルーズ」は予約制で土日祝のみの運航である。
おそるおそるオーミマリン彦根港事務所に電話した。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・大寸神社

180730長寸神社2

三年前の正月休み。
湖西線新旭駅を降り立つとそこは一面銀世界だった。

湖北が豪雪地帯であることは知っていたけど、まさか自分がやってきた日がそうとは想像ができなかった。
道はまだ除雪がされておらず、駅から森神社までの道のりを転ばないように歩いて行った。

「近江の名木・並木道」という本に森神社が八衢比古神と八衢比売神をまつり道祖神と称していたという記事を見て興味を持った。
そのとき本殿を裏手に回って推定樹齢1200年というタブノキと対面。
雪を被ったタブノキは見た目にも寒そうだった。

二度目に訪れた今回は一転、夏の暑い最中。
「式内社調査報告」によれば、森神社は高島郡の大寸神社に比定されている。
工事中だったので鳥居をくぐれず、脇道から境内に入り拝殿まで73歩、まずは参拝。

重機の音が鳴り響く境内で再び対面したタブノキは一昨年、樹勢回復の治療を施されたそうだ。
元気になったおかげか老体からかわいいヒコバエが出ていた。

写真は滋賀県高島市。

180730長寸神社4

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・津野神社

180730津野神社4

今津町の市街地を抜け若狭街道を走り津野神社へ向う途中。
神社までの道のりは大したことないだろうと思ったのがそもそもの間違いだった。

当日は気温は三十度ほど、風もありサイクリングにはもってこいの気候だ。
しかし次第に日差しが強くなり喉もからから。
視界には緑の山々。
セミの鳴き声がうるさく響き渡る。

お店どころか自販機すらない...
あきらめていたところ、前方に釣り道具屋が現れた。
日本海へ出かける釣り客のためのお店だ。
店の前に並んだ自販機の前で小休止。
さあ行こうと再びペダルを漕ぎ始めるとすぐに津野神社の森が見えてきた。

鳥居をくぐり拝殿を通り抜け石段を上がる。
手水には山の水が止めどなく流れていて、清めると冷たくて気持ちよい。
鳥居から小高い丘の上に鎮座する本殿までは80歩、まずは参拝。

本殿は小さいながら相当古く、破風には細かい彫刻が施されていている。
紫幕には「津野郷」の文字が染め抜かれていた。

境内には神木として立派なスギがある一方、石段の脇のタブノキの老樹は幹が割れ洞になってしまっていた。
そんな老体からも若いヒコバエが空に向かって直立していた。

写真は滋賀県高島市。

180730津野神社2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・熊野神社

180730熊野神社1

「熊野神社てありますけど、柵のなかにあるんで入れませんよ」

ゴミを運んでいたおばあさんに声をかけると、その目には僕が異形の自転車に乗る怪しい男と映ったらしく、終始つっけんどんな物言いだった。

どうにか場所を教えてもらい神社近くの柵まで来たものの、勝手に入っていいものか迷ってしまう。
よそ者である僕の行為が問題になってしまってはいけない。
田んぼで作業するひとが家に戻ったところに自転車を走らせるが、農機に乗ってすぐに出て行ってしまった。
運よく玄関先におばあさんがいたので声をかけた。

「扉をちゃんと閉めていけば大丈夫ですよ」

開けた柵をすぐに閉め、道を上がっていくと道路端に金属製の手すりが見えた。
近づくと社名が書かれた標柱の先には鳥居が立っていた。
森のあちこちからは静寂を破るカエルの鳴き声が聞こえる。
鳥居をくぐり拝殿まで40歩、まずは参拝。
由緒書は見当たらず、熊野神社であることは標柱と鳥居の扁額でしか知ることができない。

そういえば柵に「クマに注意」と書かれた看板が取りつけられていた。
熊野神社を訪れたからってクマには会いたくないなぁ。

写真は滋賀県高島市。

180730熊野神社3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國高嶋郡・弓削神社

180730弓削神社2

連日の猛暑。
常宿がある福井県敦賀市はフェーン現象の影響で気温が三十五度以上になっていた。
涼しいイメージの北陸がである。

敦賀から近江今津駅へ。
予定していた神社を訪ねながら、緑の田んぼが地平線に届きそうなくらいに広がる今津町梅原へ向かった。

石田川にかかる梅原新橋から川を見下ろすと澄んだ川水を黒く染めんばかり小魚の群れ。
通り沿いにあった温度計は二十九度を指していた。

開いていた獣害除けフェンスの扉を越えて地図が示す道を行くが、間違えて別荘地のような住宅街に迷い込んでしまった。
家の前で作業をしていたおじいさんに声をかけて神社の場所を尋ねた。

「ここまっすぐですよ」

教えられた通り田んぼの際に立てられたフェンス沿いを走ると鳥居が現れた。

FATBIKEをとめて鳥居をくぐり拝殿まで53歩。
手水には山から引かれた水が勢いよく流れていた。
山水はハンドルを握り熱を帯びた手にはとても冷たく気持ちよい。
ここまで来られたことと束の間の涼を得られたことに感謝して手を合わせる。

境内にいると遠くを走る車の音以外には、セミの鳴き声と側溝を流れる山水のゴーッという音しか聞こえない。

写真は滋賀県高島市。

180730弓削神社3
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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