名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

瑞穂区

【旅の空から】“中根銅鐸”に会いにいく旅 その四

「新修名古屋市史」には市内各地の遺跡の説明に加え、別枠で名古屋の銅鐸を紹介するページがあった。
ここでは名古屋市内で出土された銅鐸及び銅鐸鋳型について出土時の状況や特長などが説明されている。

とはいえ完全な形で出土した銅鐸は二体、うち一体が中根銅鐸で、もう一体は「伝名古屋城濠銅鐸」という長い名前の銅鐸である。

しかし二体とも考古学者の発掘調査をへて出土したものではない。
とくに後者は鐸名に「伝」と冠がついているだけに発見の時期と経緯については不明である。

さて目的の中根銅鐸については結構な分量を割いて説明している。
ざっと目を通してみると僕が知りたい、名古屋になくて兵庫県に存在する理由も書かれていた。
しかしその内容は正直、えっと思わずにいられないものだ。

中根銅鐸が発見されたのは明治三年二月二十七日、つまり江戸時代が終わり維新をへて明治という新時代に入って間もない時期だ。
そのころ、僕の地元では銅鐸を通して、いや銅鐸が出たことが“事件”となってしまったのである。

【愛知・名古屋市】町の神さまの東西、再び! 瑞穂区編

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JR東海道線の踏切を渡ると、踏切地蔵ではすでに祭事の準備が整っていた。

地蔵堂には普段よりもきれいな花やお菓子がお供えされている。
手前には木魚とリンが置かれ、地域のひとだろうか、今年なくなられた方の名前が記された和綴じのノートが仏前に供えられていた。

また「踏切地蔵尊」という提灯が二張り仏前につるされている。
その前を何度か通ったことがある僕でも初めて目にする光景だった。

「僕もお参りさせてもらっていいですか」
「いいよいいよ、お兄さんもお参りしてって」

賽銭箱にお賽銭を入れて手を合わせる。

「お兄さん、せっかくだでお菓子一個もらってって!」

踏切地蔵堂は文字通り踏切の手前に立てられているお堂で、建物の構造は西側で地蔵尊をまつり、東側がちょっとした寺務所と倉庫を兼ねた部屋になっている。

当日は「盆地蔵祭」ということもあり地蔵講の関係者が、いただいた寄付の計算や寄付者の名前を壁に張り出していた。

堂の前には机と椅子が出され、ガードレールに結びつけた竹竿の上にビニールシートを張り、即席の礼拝所兼接待所が設けられていた。
そこで参拝に来た地域の人々にお茶が振舞われる。

僕が期待する、地蔵堂で行われる行事について尋ねると、意外な答えが返ってきた。

写真は名古屋市瑞穂区。

【愛知・名古屋市】町の神さまの東西、再び! 瑞穂区編

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僕の住む名古屋市熱田区から実家のある瑞穂区に行くとき、旧東海道を歩くことにしている。

熱田神宮の南側には東海道最大の宿場といわれた宮の宿があった。

かつての建物はほとんど見られず宿場の雰囲気は失われてしまってはいるが、東海道という一大幹線は生活道路として残っている。
新しく伸びた道路と違い緩やかに蛇行した道沿いには、小さな神社やお堂が残っている。

「踏切地蔵」と呼ばれる地蔵堂は、JR東海道線の踏切を渡った東側にある。

ある日、実家に行く用事があり踏切地蔵の前を通ると、仏前の花を準備しているおばあさんがいたので声をかけてみた。

「お兄さん、お参りしてって。若いのに珍しいなぁ」

近くに住むおばあさんは定期的に花をかえたりこのお地蔵さんの世話をしているという。

「一月二十四日と八月二十四日にはここに机と椅子を並べてね、庵主さんがござってお経を読んでくだれるんだわ、十時ころだったかな」

ここでも地蔵盆などの行事を行うようだ。

地蔵盆といえば京都で見たことがある。
道路にゴザを敷いたうえで、子どもたちがお経に合わせて大きな念珠をグルグル回していた。

踏切地蔵の地蔵盆。
八月二十四日、雨を心配しながら地下鉄伝馬町駅を出た僕は、旧東海道を東に向かって歩いていった。

写真は名古屋市瑞穂区。

【ことば】屋根宮と呼んどった...

「私らは神さまのことを『屋根宮』と呼んどったわね」


--解説--
現在でこそ屋根神という呼称を用いるようになったが、それが広まる前には独自の名前で神さまを呼ぶ地域もあった。「屋根宮」もそのひとつ。
名古屋市瑞穂区/2001年8月

【ことば】どうぞお参りして下さい...

「三社がお祭りしてありますからどうぞお参りして下さい」


--解説--
建物の入口にある大きな看板に書かれていた言葉。中に入ると突き当たりにお社がまつられている。あるときこの言葉の上にテープが張ってあったので中を見るとお社は撤去されていた。
名古屋市瑞穂区/2005年3月
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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