名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

福島市

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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僕は仙台と福島で多くの道祖神と出会ってきた。

路傍の石仏然としたものから境内のある立派な道祖神社まで。
そのつど、手を合わせて旅の無事を祈ってはいた。

でもせっかくなら初詣らしい初詣をしたい。
そう思い福島稲荷に向かった。

自転車を止め鳥居をくぐると、本殿前からの長蛇の列が境内を越えて外の道にまで伸びていた。
最後尾に並ぶが、意外と本殿前までは時間がかからなかった。

柏手を打ち深々とおじぎをして立ち去ろうとすると、その横で親子三世代が本殿を背景に写真を撮ろうとしていた。
なかなか写真に納まろうとしない孫をおじいさんらしき男性はビデオカメラ片手に追いかけていた。

松川周辺を歩いていたとき、民家や公共の建物の敷地内に青や黒のシートで厳重に覆われた小山をあちこちで見かけた。
最初は何だろうと思いながら歩いていたけど、それが除染後の光景であることに気づくのにそれほど時間はかからなかった。
通り過ぎたすべての家の敷地や隣接地に覆われた小山が築かれていた。

澄み切った青空の下、初詣でにぎわう福島稲荷の光景を見るとつい忘れてしまうけど、いまだ拭われることのない放射能への不安…

道祖神という小さなきっかけが遠くに住む僕を福島に導いてくれた。

僕は福島で出会った道祖神たちが過去の忘れられた神としてではなく、今この時をともに生きる神として、福島のひとたちの幸せのために路傍に立ち続けてほしいと思う。

道祖神の役割はまだまだ終わっていないんじゃないかな。
僕はそう思っている。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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茂庭の道祖神の周りを囲んでいた男根たちはどんな祈りをもって供えられたのだろう。

囲いの外に追いやられた姿から想像するしかないが、そのひとつひとつには様々な願いが込められていたのではないだろうか。

道祖神は温泉街から茂庭方面に向かう道路沿いにまつられている。
願いのある人々が、ワラをもつかむ気持ちでお参りに来たのかもしれないし、もしくは願いが叶ったから奉納したのかもしれない。

道路沿いにあり車を使えば簡単に行けるとはいえ、クマやカモシカも出る山深い動物の楽園である。
行こうとすれば相応の覚悟が必要じゃないだろうか。

男根が並んで奉納されている状態は、きれいとはいえなかった。

ご神体の姿が隠れてしまっていることもそうだが、乱雑に並んだそこには明らかに信仰とは関係のないゴミが捨てられていた。

廃棄者にとって参拝者の願いは眼中になく、一群がゴミにしか見えなかったのだろう。
罰当たりなことである。
不法投棄の温床になるからという理由で一掃されたとしても仕方のないことだ。

「一寸の男根にも五分の魂」とまではいはないが、男根に込められた願いとか、気持ちってものを僕は考えてみたい。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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じつは自然石だった茂庭の道祖神。

いつしかそこにご利益を求めてどこからともなく男根たちが集まってきた。
それが二〇一二年の年末に目にした姿であり、Google検索の結果として出てくる道祖神の姿である。

「本当はこういうものを置くのはおかしいんだけどね。茂庭にもたくさんこんなのがあるだろう」

福島市山口女形。
女形石が納められた小堂のなかに一メートルほどの木製男根が三本ほど、堂の隅に立てかけられていた。
そこまで軽トラックで案内してくれた地元のおじいさんは堂内のそれらに気づくとひとり言をいいながら一本ずつ堂の外に出していた。

内心、こんなことして大丈夫かな、と心配していたが、僕の心配も関係なく慣れた手つき(僕にはそう見えた)で放り投げる。

カラン...

乾いた音をたてて地面に放り出された男根たち。

田県神社の奥の院には御輿に担がれる大男茎形を中心にベンガラを塗られた男根はじめ木製石製など多様な姿が取り囲む。
参拝時に見たその印象が僕の頭に残像としてあったため、外に出される男根の姿に切ないものを感じた。

それにしても、奉賽物としてまつるものは、ご神体と同性であったり異性であったり、なんでもありなのかだろうか…

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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“頭の丸い棒状の石”

それこそが茂庭の道祖神の本来の姿である。

人工的に造形された形跡はなく、よく見ると棒状部分の左側の地面にそれとつながっているような平面状の部分が地表に露出している。

自然石の道祖神といってはいるものの、それは地表に露出した部分のみを差しているだけである。
地中に隠れている部分を想像すると、男根を超えた異次元の形をしているかもしれない。

ちなみに棒状部分のみを計測してみた。
高さ七十センチ、亀頭部の幅三十センチ。
どうりで居並ぶ男根たちに囲まれたら隠れてしまうわけである。

でもこのご神体は少なくとも「福島市史」が発行された一九八一年当時までは、自然石だけがまつられている状態だったようだ。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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自転車でその場所に到着したとき、一昨年前とは大違いの道祖神の姿に笑うしかなかった。

鉄柵の囲いの中からは、わがもの顔でひしめき合っていた男根たちの姿はなく、そこには頭の丸い棒状の石が“ちょこん”と存在しているだけだった。
囲いのなかには本来の主人である石以外にはなにもない。

もともとあったはずの静けさ、聖域として風格、厳かな雰囲気、そのすべてを取り戻したといわんばかりの、勝者の喜びに似たものを感じた。

そんな勝者を囲いの後ろから多くの男根たちがうらやんで立っている。
戻りたくてももう戻れない、あなたたちは本来そこにいてはいけない存在だ、と十把一絡げに放り出されていた。

大きく太いベンガラ男根から手作り感そのままの細長いものまで、モノがモノだけにこっけいな後ろ姿に吹き出してしまう半面、一抹の哀愁を感じてしまう。

しかしその横に男根とはまったく関係のない明らかに不法投棄されたゴミも置いてある。

無造作に置かれた男根をいいことにゴミまで捨てていく、不法行為の温床になっていたようだ。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一


【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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一九八一年発行の「福島市史」(福島の民俗1)は「野のほとけ」の項に道祖神を取り上げている。
そこでは道祖神についての説明や市内でまつられる道祖神の傾向について簡単に語られている。

「文字塔のほか、男根、女根で現わす例もあり、道祖神社もある」

「道祖神に男根を奉納する例は各地で見られる」

「女根を御神体とする例は少く、岡部の川面、山口の女形などが顕著」

「飯坂・瀬上など有名な花街を控えた所に道祖神を祭る例があった」

この中で気になったのは飯坂の例である。
遊郭のあった瀬上と違い飯坂は温泉街のなかに花街の機能を持っていたようだ。

ちなみに温泉街の中心にある飯坂八幡神社の境内には男根像と文字碑が他の石像とともに立っている。
花街としての飯坂と道祖神信仰が結びついていた証なのかもしれない。

ところで「福島市史」には各地の道祖神の写真も掲載されているのだが、見たことのあるものにも関わらず違和感を感じる写真があった。

茂庭の道祖神、そこには自然石がひとつ立っているだけだった。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一
小林金次郎「ふくしま福の神さま」一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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ハンドルを握る手が冷たい。
飯坂線の車窓から眺めた景色が澄んでいたのは空気が冷えきっていたからだろう。

温泉街を越えると「この先冬期通行止め」の看板、でも日付を見るとまだ大丈夫。

前日に道路に降り積もった雪が除雪されて路肩に寄せられていたが、路面は溶けた雪で濡れたままだ。

車さえ来なければ道路の中央を走ることも可能だが、後方にかすかなエンジン音を認めれば路肩に寄る、その繰り返しだ。

それでも、さすがは自転車である。
以前は日暮れの空を気にしながら、どこにあるか分からない道祖神まで歩いていった。
そんな一年前の自分をあざ笑うかのように明るい日ざしを浴びながら快調にペダルをこぐ。

そろそろだろうな、と右側の路肩を意識しながら注意深く徐行していると...

一昨年、ライトを持っていないのでこれ以上歩くと暗くて引き返すのが危険だ、と判断したその時にあらわれた男根の一群…

たしかにそれを取り囲んでいた鉄柵には間違いないが、そこに見えたのは大きな白い幕だった。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

121229福島市茂庭道禄神

どういうわけか木製の男根たちは屋根のついた鉄柵の囲いのなかにあふれていた。

その姿はこっけいで、雨宿りでもしているようにも見えるし、屋根つきのバス停で並んで待っているようにも見える。

後方には道祖神の説明が書かれているが、あふれる男根たちにせいで近づいて読めるような状態になかった。

暗くなり始めた空と僕が写真を撮るのとどちらが早いかを競い合ったが、空腹、寒さ、たまに車が通るくらいの山道にいることで、帰りたいモードになった僕の負けだった。

三脚をたたんでカメラをカバンにしまう。
飯坂温泉に向かう途中でカモシカと至近距離で目が合ったなんて暖かい部屋で考えているといい思い出だ。
けど、当時は明るい場所まで一目散に降りたくて仕方なかった。
それほどの臆病者である。

でも茂庭だけにもう一度行きたい。
日程上、今回は午前中に行くことが決まり、幸い天気は晴れの予報だ。

飯坂線に自転車を折り畳んで持ち込み、終点の飯坂温泉駅で組み立てる。
温泉街とはいえ湯けむりとは無縁、向かい風は冷たかった。

写真は福島県福島市
★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九


【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

一昨年前の年の瀬が近づいたころ、福島に行こう、福島の道祖神に会いに行こう、と思い立った。

でも福島に行こうといったって僕にとって未知の土地である。
しかも道祖神があるかどうかも分からなかった。

いまでこそ野地一二氏による分布一覧表つきの論考や小林金次郎氏による福島の神さまを扱った本を手もとに置いているが、当初はどうやって道祖神の所在を確かめればいいのかさっぱり分からなかった。

いや分からなかったというのは正しくない。
暇さえあればGoogleで検索していたからだ。

「福島 道祖神」

検索ボックスに文字を入力し検索すると出てくる結果はほとんど同じだった。

福島市茂庭。

茂庭の道祖神といえば福島では道祖神の代名詞的な存在のようだ。

飯坂温泉駅から歩いて一時間、温泉街を越えてさらに山側に入っていく。

空も次第に薄暗くなりかけた午後四時ごろ、道路の右側路肩に異様な一群を見つけた。

鉄製の囲いのなかにあふれる棒状の木造物。

近寄るまでもなく、それが男根であることが分かるのにそれほど時間はかからなかった。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

「自然磧石」

野地一二氏が調査・作成した福島市内の道祖神一覧表にこう書かれている。

磧石を「かわらいし」と読むとすれば河原にあるような石、川の流れに角を落とされ丸くなった石と理解できる。
確かに観察してみると群れた石は角のない丸みを帯びた石である。

「新道開さくのとき旧道から移転」したというが、その辺りの事情には一切触れていないので詳しいことは分からない。

でももとあった場所が「旧道」というのがミソで、これまで見てきた石たちも道路沿いにその姿を露出した巨岩だった。

そして一見、何の変哲もないこの石が「花嫁の通らぬところ」であることも他の福島の道祖神と同じである。

道沿いにあったがゆえに花嫁行列はその石との対面を避けねばならなかった。
「道の神」とも呼ばれるのに道祖神の意味ないじゃん! とツッコミたくなってくる。

石の手前には宝珠紋入の紙の上に鏡餅が二個。
さらに幣束が二本、そしてミニ門松。

観察したことをノートにメモして写真を撮っていると、高台の下にある家の犬だろう、僕を怪しい者といわんばかりの勢いで鳴き声をあげていた。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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