名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

福島県

【福島・番外】あたしは福の神、福島の道祖神考六

歩きであれば、いくら早足といっても限度がある。

時速四キロなら路傍の石仏の存在をいちいち気にとめることもできるし、落ちている百円玉や塀の上でひなたぼっこしている蛇にも気づくことができる。

その小さな「気づき」の積み重ねが旅を豊かにしてくれる。

地面に足跡を刻みながら脳内には記憶を刻む。
それはゆっくりした歩きならではといえるだろう。

名古屋で屋根神さまを探し始めたときは自転車が大変役に立った。
でも道祖神やほかの町の神さまとの出会いをかつてのように図鑑を作るような探訪にしたくはないと思う。
凝り性の自分だからこそ、息抜きしながらのんびり歩いていくのがちょうどよいのかもしれない。

ゆっくりと風景を楽しみながら、その土地が紡いできた歴史から生まれ落ちた石仏、石神、町の神さまを見るためには、やっぱり歩きじゃないといけないのだ。

【福島・番外】あたしは福の神、福島の道祖神考六



福島市内を回ろうと決めていた朝は、あいにくの雪模様。

自転車をあきらめ歩き始めたが、しばらくすると雪はやんで明るい日ざしが見えてきた。

最初にたてた予定をすべて回ることは不可能となり、ひと駅分の間を右往左往していた。

出会った道祖神は五体のみ。

だけど歩き終わったときには、

「もっと行けたはず」

というより、

「よう歩いた」

という充足感が体を満たしてくれた。

僕は寝床でその日にあったことを頭の中で反すうするのだけど、自転車で走ったときには対象物(道祖神や道祖神のある場所)についてはよく覚えていても、そこに行く過程の記憶はそれほど残っていない。

速く効率よく移動できるものの、目の前の道路と地図に集中し、さらには自転車というマシーンを操るので、道程へ気持ちを向けることは難しい。

一方、歩きの場合は対象物はもちろん、そこへ行く過程も驚くほどよく覚えているのだ。

【福島・番外】あたしは福の神、福島の道祖神考六

めったに行くことができない東北だから自転車を持っていけば効率よく回れるはず...

折り畳めば小さく持ち運べる自転車を持参した今回の旅。
道祖神がまつられているような町の中心から離れた地域へは、その場所に行くためにもローカルな交通手段が必要になってくる。
本数の少なそうなバスを待つ時間を移動にあてればひとつでも多く道祖神に出会うことができる、そう思っていた。

iPhoneを取り出してあらかじめチェックしておいた数カ所を確認しながらまわる。
その積み重ねが、旅情を味わうよりもいつしか数をこなす「作業」になっていた。

仙台では雪や雨に降られなかったことも幸いし、効率よくまわることができ、まさに自転車さまさま、といった旅の前半だった。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0539


僕は仙台と福島で多くの道祖神と出会ってきた。

路傍の石仏然としたものから境内のある立派な道祖神社まで。
そのつど、手を合わせて旅の無事を祈ってはいた。

でもせっかくなら初詣らしい初詣をしたい。
そう思い福島稲荷に向かった。

自転車を止め鳥居をくぐると、本殿前からの長蛇の列が境内を越えて外の道にまで伸びていた。
最後尾に並ぶが、意外と本殿前までは時間がかからなかった。

柏手を打ち深々とおじぎをして立ち去ろうとすると、その横で親子三世代が本殿を背景に写真を撮ろうとしていた。
なかなか写真に納まろうとしない孫をおじいさんらしき男性はビデオカメラ片手に追いかけていた。

松川周辺を歩いていたとき、民家や公共の建物の敷地内に青や黒のシートで厳重に覆われた小山をあちこちで見かけた。
最初は何だろうと思いながら歩いていたけど、それが除染後の光景であることに気づくのにそれほど時間はかからなかった。
通り過ぎたすべての家の敷地や隣接地に覆われた小山が築かれていた。

澄み切った青空の下、初詣でにぎわう福島稲荷の光景を見るとつい忘れてしまうけど、いまだ拭われることのない放射能への不安…

道祖神という小さなきっかけが遠くに住む僕を福島に導いてくれた。

僕は福島で出会った道祖神たちが過去の忘れられた神としてではなく、今この時をともに生きる神として、福島のひとたちの幸せのために路傍に立ち続けてほしいと思う。

道祖神の役割はまだまだ終わっていないんじゃないかな。
僕はそう思っている。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0567


茂庭の道祖神の周りを囲んでいた男根たちはどんな祈りをもって供えられたのだろう。

囲いの外に追いやられた姿から想像するしかないが、そのひとつひとつには様々な願いが込められていたのではないだろうか。

道祖神は温泉街から茂庭方面に向かう道路沿いにまつられている。
願いのある人々が、ワラをもつかむ気持ちでお参りに来たのかもしれないし、もしくは願いが叶ったから奉納したのかもしれない。

道路沿いにあり車を使えば簡単に行けるとはいえ、クマやカモシカも出る山深い動物の楽園である。
行こうとすれば相応の覚悟が必要じゃないだろうか。

男根が並んで奉納されている状態は、きれいとはいえなかった。

ご神体の姿が隠れてしまっていることもそうだが、乱雑に並んだそこには明らかに信仰とは関係のないゴミが捨てられていた。

廃棄者にとって参拝者の願いは眼中になく、一群がゴミにしか見えなかったのだろう。
罰当たりなことである。
不法投棄の温床になるからという理由で一掃されたとしても仕方のないことだ。

「一寸の男根にも五分の魂」とまではいはないが、男根に込められた願いとか、気持ちってものを僕は考えてみたい。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0560

じつは自然石だった茂庭の道祖神。

いつしかそこにご利益を求めてどこからともなく男根たちが集まってきた。
それが二〇一二年の年末に目にした姿であり、Google検索の結果として出てくる道祖神の姿である。

「本当はこういうものを置くのはおかしいんだけどね。茂庭にもたくさんこんなのがあるだろう」

福島市山口女形。
女形石が納められた小堂のなかに一メートルほどの木製男根が三本ほど、堂の隅に立てかけられていた。
そこまで軽トラックで案内してくれた地元のおじいさんは堂内のそれらに気づくとひとり言をいいながら一本ずつ堂の外に出していた。

内心、こんなことして大丈夫かな、と心配していたが、僕の心配も関係なく慣れた手つき(僕にはそう見えた)で放り投げる。

カラン...

乾いた音をたてて地面に放り出された男根たち。

田県神社の奥の院には御輿に担がれる大男茎形を中心にベンガラを塗られた男根はじめ木製石製など多様な姿が取り囲む。
参拝時に見たその印象が僕の頭に残像としてあったため、外に出される男根の姿に切ないものを感じた。

それにしても、奉賽物としてまつるものは、ご神体と同性であったり異性であったり、なんでもありなのかだろうか…

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0547


“頭の丸い棒状の石”

それこそが茂庭の道祖神の本来の姿である。

人工的に造形された形跡はなく、よく見ると棒状部分の左側の地面にそれとつながっているような平面状の部分が地表に露出している。

自然石の道祖神といってはいるものの、それは地表に露出した部分のみを差しているだけである。
地中に隠れている部分を想像すると、男根を超えた異次元の形をしているかもしれない。

ちなみに棒状部分のみを計測してみた。
高さ七十センチ、亀頭部の幅三十センチ。
どうりで居並ぶ男根たちに囲まれたら隠れてしまうわけである。

でもこのご神体は少なくとも「福島市史」が発行された一九八一年当時までは、自然石だけがまつられている状態だったようだ。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0551

自転車でその場所に到着したとき、一昨年前とは大違いの道祖神の姿に笑うしかなかった。

鉄柵の囲いの中からは、わがもの顔でひしめき合っていた男根たちの姿はなく、そこには頭の丸い棒状の石が“ちょこん”と存在しているだけだった。
囲いのなかには本来の主人である石以外にはなにもない。

もともとあったはずの静けさ、聖域として風格、厳かな雰囲気、そのすべてを取り戻したといわんばかりの、勝者の喜びに似たものを感じた。

そんな勝者を囲いの後ろから多くの男根たちがうらやんで立っている。
戻りたくてももう戻れない、あなたたちは本来そこにいてはいけない存在だ、と十把一絡げに放り出されていた。

大きく太いベンガラ男根から手作り感そのままの細長いものまで、モノがモノだけにこっけいな後ろ姿に吹き出してしまう半面、一抹の哀愁を感じてしまう。

しかしその横に男根とはまったく関係のない明らかに不法投棄されたゴミも置いてある。

無造作に置かれた男根をいいことにゴミまで捨てていく、不法行為の温床になっていたようだ。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一


【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0535


一九八一年発行の「福島市史」(福島の民俗1)は「野のほとけ」の項に道祖神を取り上げている。
そこでは道祖神についての説明や市内でまつられる道祖神の傾向について簡単に語られている。

「文字塔のほか、男根、女根で現わす例もあり、道祖神社もある」

「道祖神に男根を奉納する例は各地で見られる」

「女根を御神体とする例は少く、岡部の川面、山口の女形などが顕著」

「飯坂・瀬上など有名な花街を控えた所に道祖神を祭る例があった」

この中で気になったのは飯坂の例である。
遊郭のあった瀬上と違い飯坂は温泉街のなかに花街の機能を持っていたようだ。

ちなみに温泉街の中心にある飯坂八幡神社の境内には男根像と文字碑が他の石像とともに立っている。
花街としての飯坂と道祖神信仰が結びついていた証なのかもしれない。

ところで「福島市史」には各地の道祖神の写真も掲載されているのだが、見たことのあるものにも関わらず違和感を感じる写真があった。

茂庭の道祖神、そこには自然石がひとつ立っているだけだった。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
福島市教育委員会「福島市史」『福島の民俗1』一九八一
小林金次郎「ふくしま福の神さま」一九八一

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

DSC_0577

ハンドルを握る手が冷たい。
飯坂線の車窓から眺めた景色が澄んでいたのは空気が冷えきっていたからだろう。

温泉街を越えると「この先冬期通行止め」の看板、でも日付を見るとまだ大丈夫。

前日に道路に降り積もった雪が除雪されて路肩に寄せられていたが、路面は溶けた雪で濡れたままだ。

車さえ来なければ道路の中央を走ることも可能だが、後方にかすかなエンジン音を認めれば路肩に寄る、その繰り返しだ。

それでも、さすがは自転車である。
以前は日暮れの空を気にしながら、どこにあるか分からない道祖神まで歩いていった。
そんな一年前の自分をあざ笑うかのように明るい日ざしを浴びながら快調にペダルをこぐ。

そろそろだろうな、と右側の路肩を意識しながら注意深く徐行していると...

一昨年、ライトを持っていないのでこれ以上歩くと暗くて引き返すのが危険だ、と判断したその時にあらわれた男根の一群…

たしかにそれを取り囲んでいた鉄柵には間違いないが、そこに見えたのは大きな白い幕だった。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九
カテゴリ
最近のコメント
RSS
ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
お願い
◆お問合せ、ご質問、取材などご連絡はコメント欄へお願いします。後ほどご連絡差し上げます。


◇ ◇ ◇


◆当ブログの写真や図、文章等の無断転用・転載を禁止します。
お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
  • ライブドアブログ