名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

福島県

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

121229福島市茂庭道禄神

どういうわけか木製の男根たちは屋根のついた鉄柵の囲いのなかにあふれていた。

その姿はこっけいで、雨宿りでもしているようにも見えるし、屋根つきのバス停で並んで待っているようにも見える。

後方には道祖神の説明が書かれているが、あふれる男根たちにせいで近づいて読めるような状態になかった。

暗くなり始めた空と僕が写真を撮るのとどちらが早いかを競い合ったが、空腹、寒さ、たまに車が通るくらいの山道にいることで、帰りたいモードになった僕の負けだった。

三脚をたたんでカメラをカバンにしまう。
飯坂温泉に向かう途中でカモシカと至近距離で目が合ったなんて暖かい部屋で考えているといい思い出だ。
けど、当時は明るい場所まで一目散に降りたくて仕方なかった。
それほどの臆病者である。

でも茂庭だけにもう一度行きたい。
日程上、今回は午前中に行くことが決まり、幸い天気は晴れの予報だ。

飯坂線に自転車を折り畳んで持ち込み、終点の飯坂温泉駅で組み立てる。
温泉街とはいえ湯けむりとは無縁、向かい風は冷たかった。

写真は福島県福島市
★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九


【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

一昨年前の年の瀬が近づいたころ、福島に行こう、福島の道祖神に会いに行こう、と思い立った。

でも福島に行こうといったって僕にとって未知の土地である。
しかも道祖神があるかどうかも分からなかった。

いまでこそ野地一二氏による分布一覧表つきの論考や小林金次郎氏による福島の神さまを扱った本を手もとに置いているが、当初はどうやって道祖神の所在を確かめればいいのかさっぱり分からなかった。

いや分からなかったというのは正しくない。
暇さえあればGoogleで検索していたからだ。

「福島 道祖神」

検索ボックスに文字を入力し検索すると出てくる結果はほとんど同じだった。

福島市茂庭。

茂庭の道祖神といえば福島では道祖神の代名詞的な存在のようだ。

飯坂温泉駅から歩いて一時間、温泉街を越えてさらに山側に入っていく。

空も次第に薄暗くなりかけた午後四時ごろ、道路の右側路肩に異様な一群を見つけた。

鉄製の囲いのなかにあふれる棒状の木造物。

近寄るまでもなく、それが男根であることが分かるのにそれほど時間はかからなかった。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

「自然磧石」

野地一二氏が調査・作成した福島市内の道祖神一覧表にこう書かれている。

磧石を「かわらいし」と読むとすれば河原にあるような石、川の流れに角を落とされ丸くなった石と理解できる。
確かに観察してみると群れた石は角のない丸みを帯びた石である。

「新道開さくのとき旧道から移転」したというが、その辺りの事情には一切触れていないので詳しいことは分からない。

でももとあった場所が「旧道」というのがミソで、これまで見てきた石たちも道路沿いにその姿を露出した巨岩だった。

そして一見、何の変哲もないこの石が「花嫁の通らぬところ」であることも他の福島の道祖神と同じである。

道沿いにあったがゆえに花嫁行列はその石との対面を避けねばならなかった。
「道の神」とも呼ばれるのに道祖神の意味ないじゃん! とツッコミたくなってくる。

石の手前には宝珠紋入の紙の上に鏡餅が二個。
さらに幣束が二本、そしてミニ門松。

観察したことをノートにメモして写真を撮っていると、高台の下にある家の犬だろう、僕を怪しい者といわんばかりの勢いで鳴き声をあげていた。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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高台の隅にまつられている祠。
宝珠の紋からお稲荷さんのようだ。

神前には手のひらサイズの鏡餅が三つ供えられ、そのうちのひとつには直径五センチほどの輪がついた注連縄が供えられていた。
祠の柱に取りつけられた小さな門松は固定するひもの締め付けが緩いせいで吹く風になびいていた。

コンクリートブロックの土台に七十センチほどの祠が載っていればそこそこの存在感だ。

しかし僕は祠よりも隣の石に釘づけだった。

馬場の道祖神はこれまでの「われめ石」や「七尋石」と違ってそのサイズはかなり小さい。

しかもその上に置かれた正月飾りがなければ道祖神などとは思いもよらないだろう。

長さ二十センチほどの楕円形の石が数個寄せ集めてあるが、甲州の丸石道祖神のように基台の上にあるわけではなく、石の一部は地中に埋まっている。

腰をかがめて観察してみると、どうもそれらとは別のさらに大きな石が地中に埋まっているようだが、それとて地表に露出しているのは一センチにも満たない。

写真は福島県福島市。

★参考文献
野地一二「福島付近の道祖神」『福島史学研究』一九六九

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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つい先日、甲府を訪れ、久しぶりに丸石道祖神と対面した。

丸石道祖神という名前からすれば完全な球体が思い浮かぶけど、球に近い石(ツルツルした楕円形の石など)を一個または複数個、基台の上に載せていたりもする。

そもそも山梨に丸石の道祖神が多いのも不思議だけど、何の細工もない石を神体とする行為は珍しいことではなかったのかもしれない。

石を加工する技術が発達し石工と呼ばれるひとたちが活躍する以前、きれいな石や変わった形の石があちらこちらで神さまだった時代を想像してみる。

太陽が少し傾きかけたころ。
地形図を広げると、一覧表に「自然磧石」があるという集落は歩いてきた道よりも高台にある。
福島市の中心部に続く国道脇の歩道に階段を使って上がる。

ひっきりなしに通る車をよそに道路際に広がる畑の中をのぞくと、高台の隅に祠らしきものの姿を確認した。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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七尋石は巨大な一個の石で、地表に露出している部分は平面形だけど、地中に埋まっている部分がどれくらいの大きさでどんな形なのか見当がつかない。

現代では重機を使えば掘り起こせないことはないだろうけど、全貌が明らかにされないのも石の神秘性を物語る理由のひとつかもしれない。

近くを歩いていると、道路の右側には収穫を終えた畑が広がっている。
対する左側には民家や果物畑とともに、小高い台地状で草の生えている空き地のような場所があった。

そこには七尋石と同じような巨石が地表に露出していた。

福島市南部に自然石と道祖神が付会する例が他の地域に比べ多い理由が、地質と関連づけて考えられはしないだろうか。
石が人間のある器官と似ていたり、想像もつかないような形をしていたりすればなおさらである。

「路傍の石仏」で著者の武田久吉は、明らかにどこにでもあるような石が「天然石の道祖神」としてまつられている場面を写しだしている。

なかには高さ六十センチ、周囲一四八センチという巨大な桃のような形をした石もある。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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七尋石と出会って初めて、「尋(ひろ)」という単位があることを知った。

広辞苑を引いてみると「尋」とは、

「[昭蠅鮑険Δ帽げた時の両手先の間の距離、縄、水深などをはかる長さの単位。一尋は五尺(一・五一五叩砲泙燭蕨纂棔憤譟θ一八叩法

と説明している。

仮に一尋を五尺とすれば七尋石は一〇・六〇五メートルということになるが、僕が見た七尋石はそれほど大きくない。
五メートルくらいだった。

しかもワニやサンショウオウのように平面的である。

「七ひろの長さがある棒状石。畑中に横たわる。花嫁の通らぬところ」

「一覧表」にはこう書かれている。

しかしこの文章を事情の知らないひとが読んだら理解に苦しむに違いない。

「棒状石」が畑のなかに「横たわ」り、しかも突然花嫁が出てくる...

三つの短文が一見つながりを持たないため混乱してしまう。

そこを「道祖神大好きおじさん」の僕はどう解釈しようか…

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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コンビニのある大通りから浅目の集落に入ると、民家もまばらな一本道が続く。

畑の際には「庚申」「大荒神」「山祇神」「古峯神社」と刻まれた四つの石が一列に並び日差しを受けて立っていた。

素朴な田舎の風景...

長野なら双体道祖神碑があるし、山梨なら台石の上に丸い石が載っている。

ここは福島、これまで見た道祖神から判断すれば「花嫁が避けて」通る「自然石」がこの風景のどこかで待っていてくれるはすだ。

金谷川駅に向かう道を歩いていると前方の畑に青色に壁を塗った納屋が建っていた。

作物を収穫終わり、細かい草くらいしか残っていない畑や葉が枯れて落ちてしまった木々ばかりが目につくなかに、青い壁は目立ち過ぎる。

その石は青い納屋の奥に、置いてある。
というより寝そべっているような…
どう見てもまつられている、という状態ではない。

僕にはオオサンショウオかワニが寝そべっているように見えたが、それは生き物の形をしているわけではない。

長細いといえば...男根か...そういうものでもなさそうだ。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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岩を道祖神として崇める例は「われめ石」だけではなさそうだ。

再び手もとの「一覧表」を見てみよう。

前回は男根女陰といった性器の形をした道祖神という分類を試みたが、今回はざっくりと「自然石」で分けてみようと思う。
すると全三十六ヶ所中、十四ヶ所が自然石である。

ここには性器形から積み石のようなものまで含まれるので、形態に関して内容に幅がありすぎ、一定ではない。
そしてここでも触れておきたいのは、福島の道祖神の特長である「花嫁が避ける」ものは、半数の七ヶ所。

地域的な偏りも顕著で、自然石が多いのは松川七、茂庭二の順、福島市南部が十四ヶ所中半数を占め、さらにその南部七ヶ所中、六ヶ所の道祖神が花嫁が避けるいわれを伝えている。

ただ不思議なことに、写実的でなまめかしい「われめ石」の前は、花嫁が通っても問題はないようだ。

一方、大きく細長い石(特に何かを模した石ではなさそうだが)の前を花嫁は通ってはいけない。

石の長さが七尋(ななひろ)あることから名づけられた、「七尋石」である。

写真は福島県福島市。

【福島・福島市】あたしは福の神、福島の道祖神考六

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低く刈られているとはいっても直径十センチほどの竹が生えている中を進むのは難儀である。

皿のように平面になっている竹の胴をつかみながら岩の上にあがると...

周囲に高い建物がないので、遠くの山々が澄んだ空気のなかになだらかな稜線を描いている風景は美しい。
でも遠望よりもまずは近景だ。

岩に上がるとよりはっきりするのは、二つの岩が付かず離れずでそびえているのでその間に「すき間」が生まれており、それが「われめ石」と呼ばれるゆえんである。
しかもその「すき間」には短く刈られた竹が群生しておりなまめかしい。

ただ見とれてばかりいられない。
目の前にある写実的な岩がなぜ道祖神なんだろう。

薬師堂という信仰の対象である堂がそこにあるから、岩にもその聖性が移ったのだろうか。

別名「びくに石」、比丘尼つまり尼僧である。

薬師堂と比丘尼はつながりそうだけど、道祖神とのつながりを求めようとすると行き詰まってしまう。

そもそも自然の巨岩を道祖神とする理由が見つからない。

写真は福島県福島市。
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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