名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

道祖神

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町車窓1

塩平を発って、バスの乗り換え場所である窪平までは行き同様、山あいの集落を走り過ぎてゆく。

せっかく牧丘町まで来てこのまま帰るのはもったいない、とばかりに車窓にかぶりつきながらオカリヤを撮ろうとカメラを構えた。
道祖神場にはオヤマカザリのような竿が立っているので遠方でも見つけやすい。
近づいたなと思ったところにオカリヤが現れ、シャッターを押す。

感度を上げてシャッタースピードを稼げども、撮れた写真をモニターで見るとガックリ、どれもボケボケの代物である。
そもそも薄暗く、走っているバスの中から撮ろうなんてことが無謀である。
降りてじっくり撮りたいものだが、残念ながら塩平からはこのバスが最終便だ。

窪平から塩山行きのバスに乗ると、途中、部活帰りの高校生がドッと乗り込んできた。
静かな車内が一気ににぎやかになった。
真っ暗になった外の景色を眺めていると前方で何かを燃やしており、火の周りには人が集まっていた。

バスがスピードを落としてその横を通り過ぎる。

「あっ、今日どんど焼きの日なんだ」

高校生が友だちと話す声が聞こえた。

最後のどんど焼きを見て、今年の小正月は、これで終わりだなあ、と思った。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平59

正月飾りを燃やす左義長やどんど焼きと道祖神祭は、道祖神の多い地域では結びつき、ない地域では単独で行われている。
でも道祖神が見られない尾張地方では道祖神の存在をほのめかすものがある。
そもそも道祖神祭も左義長も1月14日に行われることは単なる偶然ではない気がするのだが...

祭が終わって塩山に向かうバスを待つ。

「ここまで歩いてきたんですか?」

行きのバスと同じ運転手氏は、行きに牧平で降りたので不思議に思われたようだ。

「先ほどまで道祖神のお祭をやっていたんですよ。牧平からは車に乗せてもらいました」
「僕も牧丘町出身なんですが、うちの方ではたしか夕方になってからお祭やるはずですよ。あぁ、ここ、富士山がきれいですよ」

運転手氏が声をかけてくれた場所からは富士山がはっきりと眺められた。
陽暮れ前、澄んだ空気の中にくっきりとした稜線の霊峰がその姿を披露していた。

最初の予定では牧平でオカリヤを見るだけだったのに、塩平の祭を見て、さらに食後のデザートのような富士山が…

これもすてきな出会いのおかげである。
さすが、道祖神は縁結びの神さまだ。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平43

道祖神の火祭といえば「野沢温泉の道祖神祭」が有名である。
雪上に建てられた船形に火が放たれると、銀世界がたちまち火で包まれる幻想的かつ勇壮な祭だ。

道祖神祭と火は切っても切れない関係のようである。

道祖神が見られない名古屋でも、1月14日近辺では正月飾りや古いお札などを神前で燃やす左義長やどんど焼きが行われるところが多い。

「新修名古屋市史」には、名古屋市緑区鳴海の事例として、ワラを積んだ上に笹を立てその下で焚き物をする写真が掲載されている。
「愛知県史」によれば、左義長は尾張東部では子ども仲間によって行われ、燃やすものを円錐状に高く積み上げ火を放つという。

長野県内で行われる道祖神祭では「三九郎」と呼ばれる火祭が行われる。
以前、中央本線の車窓から見たことのある三九郎は焚き物が円錐状に積み上げられ、その上に笹が立てられていたことを記憶している。
ちなみに春日井や日進では左義長を三叉路で行うという。

小正月(1月14日)、子ども、円錐状の焚き物、三叉路…

キーワードを並べると、これは道祖神なき火祭といってもいいと思う。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平22

まだまだ道祖神祭を二ヶ所でしか見たことがないのではっきりとしたことはいえない。
でも塩平と秦野の祭に共通点があるならば、道祖神像を「覆う」こと、どんど焼きで「燃やす」ことだと思った。

まず「覆う」こと。

塩平とそこにたどり着くまでに目にした数か所の道祖神場では道祖神像にオカリヤをかぶせていた。
塩平のオカリヤは男根を模したワラを棒状にしたものを前面に装着、覆われた道祖神は丸石ではなく双体像だった。

一方、秦野で「覆う」とは小屋がけのこと。
男根像を含めその場全体を小屋で覆う。
子どもたちが入ってお札を売るのだが、中に入るのは男の子で、女の子は入っていけないという禁忌が今も生きていた。

それにしてもなぜ覆うのだろう…

山梨と秦野では外見的な像の姿は違えど、道祖神に期待する役割は共通している。

山梨のオカリヤが男根をつけているのは縁結びや夫婦円満と関係するという。
秦野の道祖神小屋、これは僕の推測だけど、小屋は母親の胎内で、働き手である男児を授かりたいという願望を道祖神に祈念するものではないだろうか。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平56

オカリヤを燃やした火も落ち着いたころ、祭も終わりを迎える時間が来た。
牧平から塩平まで車で乗せてきてくれたおじさんにあいさつをし、また道祖神にも再び手を合わせた。

塩平と昨年訪れた秦野。
その二ヶ所の祭から、道祖神祭の主役はだれだろうと考えた。

秦野では「親方」という当番の大人がいるものの、子どものための祭という印象が大きかった。
小屋のなかや町内を回って札を売り歩くのも子どもたち。道祖神祭は必ず1月14日に行われるので平日に重なるため、開始時間は子どもたちが学校から帰る時間である。
小屋がけなどは大人の手によるが、かつては小屋の設営やどんど焼きで燃やす材料集めも子どもたちの役目で、さらに14日から15日にかけては小屋で徹夜をすることもあったそうだ。
すべてが子どもたちにまかされていた。

一方、塩平では子どもの影は薄い代わりに、大人でなくては作るのが難しい、オカリヤやオヤマカザリといった大がかりな造形物、そして獅子舞も出ることから地域のマンパワーを結集して行うといった印象だった。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平50

大小並んだ道祖神像、それを覆うオカリヤ、その横に立つオヤマカザリ、そして獅子舞、どんど焼き…

僕の住む名古屋で見られるのは獅子舞とどんど焼きくらいだ。

塩平の道祖神祭で目についたものに、塩平(もしくは山梨)独特のものと道祖神をまつる地域に共通するものに分類することは可能だろうか。
所変われば品変わるというように、地域によって違いがあるのは当たり前だろうが、他地域ではどうだろう。

以前も触れたように、昨年の小正月に訪れた神奈川県秦野市では、男根の道祖神像のまつられている道祖神場に小屋がけをしていた。
なかに子どもが入り参拝に来た人たちに「道祖神守護」と書かれたお札を売り、お神酒と煮物を振舞った(僕は早すぎてお神酒だけだったが)。

小屋に入らない子どもたちは太鼓のついた車を引いて町内を回りお札を売り歩く。
どんど焼きは小屋から目と鼻の先の駐車場で行い、正月飾りを燃やしながら、団子を焼く。
塩平では木の枝についた団子を「マユ玉」といい、同じように秦野でも竹の棒の先に団子をつけていたが「マユ玉」とは呼ばれていなかった。
両者とも食べると風邪をひかないなどの言い伝えがある。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平49

道祖神場の基壇上には石像が二体まつられていた。

到着してすぐはオカリヤがかぶせてあったため見られなかったが、獅子舞が終わり火をつける際にオカリヤを移動するとその姿があらわになった。
石像は大小あり、両者ともオカリヤのなかに隠れていた。

手を合わせてからよく観察してみた。
大きな像は基壇の上に三段ほど石段が積み重ねられ、ピラミッド状の頂上に石祠が置かれていた。
祠のなかには男女が並んだ双体像と呼ばれる道祖神像がまつられ、下段には丸石が数個置かれている。

当日はお供え物を置くための半紙が風で飛んでいかないように丸石が使われていた。
御神体は石祠に入った像で、丸石は報賽物として置かれているようだった。

隣に立っている小さい像は大きな像と比べひと回り以上小さく、一段だけの石台上にまつられていた。
石祠に納められた大きな像と違い露出しているので磨耗が激しいものの、双体像と思われる人の形がうっすらと浮かび上がっている。
手前にはこぶし大の丸石が数個積まれていた。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平54

「よかったらどうぞ、『火伏せ』です」

燃え盛る火の周りにはマユ玉を持った何人かが団子を焼いていた。
火の近くで暖をとりながら写真を撮っていると地元の方が「火伏せ」と呼ばれる色紙で作ったものを配り歩いていた。

オヤマカザリの垂れ下がった枝部分に取りつけられている色紙のようだ。
大きさは20センチほどで御幣のようにも昆虫のようにも見える。
そこには顔と胴体部分があり、顔には二本のツノが、胴には左右八本の足のような細長い紙が伸びている。
二枚重ねでできているので、ツノも足もその二倍。
それが先の割れた竹の棒にはさまっている。

火伏せといえば、福島市の獅子踊りに登場する「道六」が手にする赤い男根形は火伏せと呼ばれる。
しかし塩平の火伏せは色はそれぞれ違うし、オカリヤに立派な男根が付いているとはいえ男根として見るには形が違う気がする。

道祖神祭は火を焚くどんど焼きを行う。
火と関係するから火伏せなのだろうか…

オカリヤが取り払われた基台には道祖神石像が二体。
すっきりとした道祖神場に上がり手を合わせた。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平38

オカリヤの男根形とそれを覆っていた葉が燃やされ充満した煙が落ち着くと、マユ玉を持った地元の人たちが枝についた団子の部分を火にあぶり始めた。

焼いている横に立ってその様子を見ているとどんな味なんだろうと気になってくる。

「ハイ、あげるから食べてみて」

カメラマンたちにも焼けた団子を振舞っているおばさん。

「いただきます」

枝に刺さった団子をかじってみた。
外はしっかり焼けてカリカリしていて、肝心の味はというと、針葉樹の葉の味、とでもいうのだろう。
煙でいぶされたような味だった。

マユ玉を焼いているおばさんたちと並んで、紙のようなものを燃やす子供の姿もあった。

どんど焼き(左義長)の火で書道を燃やし高く上がると字が上達するというのは僕の住む名古屋でも共通しているが、その光景を見るのは初めてだった。

「よかったらお神酒はどうですか」

ハッピを着た祭の役員さんたちは見物客にもお神酒やミカンを振舞って歩いていた。

車を降りたときに感じた冷んやり感はなく、オカリヤが燃えた火といただいたお神酒で身も心も温かくなっていた。

写真は山梨県山梨市。

【山梨・山梨市】甲斐の山里、道祖神祭探訪記

150114山梨市牧丘町塩平20

獅子舞に気を取られていると、集落の方から地元の人々が続々と集まってきた。

皆、木の棒を持っており、その先には白やピンク、中にはオヤマカザリの飾り付けのように色とりどりの丸いものがついている。
何も知らなければ花のついた枝を持っているようにも見える。

「マユ玉っていってね、米の粉で作ったんだけどね。これをこの火で焼いて食べるんですよ」

マユ玉に気を取られていると、つい先ほどまで道祖神場に鎮座していたオカリヤを、ハッピを着た男衆が道祖神から引きはがし、皆が集まっている場所まで持ってきて火をつけた。
とび口で地面に転がされた男根形は白い煙を出して燃え始めた。
ワラなのでよく燃える。
そこに針葉樹(ヒノキの葉っぱなのだろう)をかぶせると熱でいぶされた葉っぱからもうもうと大量の煙が出た。

カメラを手にした人たちはその光景を逃すまいとシャッターを切る。
マユ玉を手にした地元のひとたちは煙がひと段落するのを待ち、炎が見えると枝の先についたマユ玉を火にかざした。

写真は山梨県山梨市。

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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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