名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

野神

【滋賀・東近江市】ぼくたちの山ノ神さん

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野神さんを探して駅近くをウロウロ歩いてみた。

とにかく木、それも巨木だろう、という先入観で大きな木があるところを探すものの、屋敷林だったり雑木林だったりして野神さんではない。
歩き回るのはいいが、このままでは地図を片手に挙動不審なオッサンと見られかねない。

軽トラック一台分ほどの細い道を歩いていると、突き当たりに児童公園があった。
遊具が置かれている公園部分と木々が生い茂っている空間がある。
木々に囲まれた中心に石段が組まれ、その上に石祠がまつられていた。
なかには小石が入っている。

御輿と鉦の一団がやってきた。
公園で休憩を取るらしい。
その間、年配のひと数人が石祠の前に進み手を合わせていた。

黒の背広を着た役員さんクラスの男性に声をかけてみた。

「これは野神さんいいましてね、どこにでもありますよ」

とくに表示などはなく、ただ木々に囲まれている。
野神さんとはいえ、湖北のように見上げてため息が出るような巨樹ではなく、石祠だった。
また住宅地の一角にまつられていることも、僕のイメージしていた野神像とはかけ離れていた。

写真は滋賀県東近江市。

【滋賀・東近江市】ぼくたちの山ノ神さん

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太郎坊宮にやってきたのはもひとつ大切な理由があった。
野神さんを見たいと思った。

湖北の高月では各集落にひとつ、ケヤキやスギの巨木を野神さんとしておまつりしている。

「野神さんは『のう』の神さんや」

五穀豊穣を祈念する野神さんの「野」は「の」というより「のう」、つまり「農」の神さまということらしい。

太郎坊宮の石段を降りると集会所のようなところがあって大勢の人が集まっている。
大きな棒に円形の鉦が五つほど取りつけられたものが地面に置かれている。
山頂から麓の景色を眺めていたとき、かん高い鉦の音が聞えてきた。
その正体はこの鉦だったようだ。

当日は太郎坊宮の春の例祭だった。

とはいっても肝心の山頂には祭の雰囲気は一切なく、麓の町内で行われる祭のようだった。

小雨が降るなか、鉦と御輿の一団が集会所を出発した。

僕は野神さんを探しに駅の方に向かった。
駅南東方向にある児童公園。
それほど高くはない木々に囲まれて小さな祠があった。
写真を撮ろうとすると鉦の音が近づいてきた。

写真は滋賀県東近江市。

【大阪・大阪市】巨木・神木・クスノキさん

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滋賀県・高月町に多く見られる野神さんはケヤキを神体するものが多いようだ。
「高月」とは「槻」、すなわちケヤキである。
しかしすべての野神さんがケヤキというわけではなく、なかにはスギなどケヤキ以外の木もあり、また高月以外では石の祠であったり、自然石に「野神」と刻まれていたり、様々である。

「大阪市内で確認できる神木」

僕が滋賀に野神さんを訪ねた翌日に急きょ大阪行を思い立ったのは、大阪環状線の内側にまつられている木を紹介した記事がきっかけだった。

掲載されている七ヶ所は環状線の内側にあり、すべて路上にまつられているという。

記事中の写真を見ると大半は道路の真中に専用のスペースを設けてまつっている。

名古屋よりも大きな都市である大阪の「木事情」はどんなだろうかと好奇心がわいてきた。

野神さんや名古屋にある神木との共通点や異なる点などを見つけたいと思い、JR京都駅から大阪に向かう電車に乗った。

写真は大阪府大阪市。

※参考文献
「車道の真ん中になぜ巨木? 大阪中心部のミステリー」 日本経済新聞 大阪夕刊いまドキ関西 2012年11月14日付(web版11月22日付を参照)

【滋賀・長浜市】湖北の巨木、野神さんを巡る旅へ 高月編

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滋賀県長浜市高月町。

北陸本線高月駅を降りて駅の西側に出る。
地形図を手にまずはどこに行こうか思案するが、初めての場所ということもあり、持参した本「神の木」を参考に歩き始めた。

高月町高月の野神さんに向かったはずだが、まったく違った方向に歩いていたようで、途中で道を聞いたおばあさんに、
「野神さんゆうたら、もっと北の方や。この辺にはあらへん」
といわれる始末。

仕方ないと思いつつ犬の散歩をしているおばさんに声をかけて、広げていた本を見せる。

「野神さんね、お盆のころに掃除したりするんやけど、どこやったかな。ここの野神さんはこの道まっすぐ行って線路渡ったらすぐや思いますよ」

野神さんって高月ではそれほどメジャーな神さまではないのだろうか。

高月町渡岸寺。

線路を渡り路地のような曲がりくねった道を進むとお寺が見えてきた。
同時に用水沿いに巨木の名に恥じない木が立っていた。

「ええ、これが野神さんですわ」

写真は滋賀県長浜市。

【愛知・名古屋市】湖北の巨木、野神さんを巡る旅へ 名古屋編

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僕は休日前の晩には飲んで帰ることにしている。
サラダやチーズなどつまみのような食事とワイン。
ワインがなくなれば追加することもあるから、店を出るころにはでき上がっている。

「千ベロ」

民俗写真家である芳賀日出雄先生の写真集から学んだのは、民俗事例を撮ったすばらしい写真もさることながら、千円でベロベロに酔うというこの言葉が大きい。

ほろ酔い気分で本屋に立ち寄った。

ラジオで紹介されていた本を買うつもりで手に取ったあとで、民俗コーナーの棚を何げなく眺めていた。

「神の木」

著者は李春子という韓国人研究者。

「日・韓・台の巨木・老樹信仰」というサブタイトルにも惹かれた。
十数年前に韓国に住んでいた自分にとって韓国で木に対する信仰するがあるなんて知らなかったからだ。

それよりも気になるのは、著者が最初にあげている滋賀県の「野神」である。

野神というのは神さまとしてまつられた巨木で、その大きさは半端ない。

立ち読みのつもりが、買うつもりだった本を返して「神の木」を購入してしまった。

その数週間後、僕は滋賀県長浜市高月町へ野神さんを訪ねることになった。

写真は滋賀県長浜市。

【愛知・名古屋市】湖北の巨木、野神さんを巡る旅へ

東海道宮宿から次の桑名宿までは海上七里がつなぐ。
しかし海運を利用できない旅人のために用意されのが脇往還の佐屋街道だ。
宮宿から北上し現在の金山橋南側を西に進む。
ときおり古民家が軒を連ね街道の風情を今に伝える。

中村区烏森字社宮神。

岩塚宿の手前に広がる烏森の集落。
社宮神の語源はシャグジといわれている。
名古屋市西部の中村区や中川区には社宮神のようにシャグジ起源の名前を冠する神社、石神社、三狐神社、斎宮社が点在する。

地図を見ると烏森の社宮神はかつて、現在の西養護学校北側のJRと近鉄の高架になっている場所にあったようだ。
鉄道建設のため移設され、いまでは烏森天神社の境内末社として小高い場所にまつられている。

「『おしゃぐじ』ってなんの神さまですか? 道祖神と関係があるんですか?」

天神社に隣接する禅養寺の住職に尋ねた。
寺の境内にはおしゃぐじを詠んだ歌人・釈迢空こと折口信夫の歌碑がある。
そしてなぜか双体道祖神まで。

「おしゃぐじというのは木なんです。以前は小さな塚があってそこに木が立っていました」

柳田国男の「石神問答」をなんとなく読んでいた自分にとってシャグジ=おしゃぐじの神体が石でないことに納得がいかなかったが、おしゃぐじは木である、という言葉がその後も頭のなかに残っていた。

烏森の北側に位置する中村区中村本町の石神社も御神体がないかわりに立派な御神木が立っている。

シャグジって一体なんだろう、という疑問が木に向かったとき、木そのもがすごく不思議に思えてきた。

地面にある石とは対極に、木は空に向かって伸びる。
いままで下を向いていた目が上を向くようになった。

写真は名古屋市中村区。

【旅の空から】湖北の巨木、野神さんを巡る旅へ、滋賀・長浜市

木之本駅を出て南側に歩を進める。

唐川地区の野神である大杉がまつられているのは、涌出山の南山麓に広がる唐川区の集落である。

高月駅を出てしばらくすると北陸本線の車窓から涌出山の麓に突出した木立が目についた。
それが唐川の野神さんだった。

「野大神」

推定樹齢四百年の巨木は二十メートルの樹高と約八メートルの胴回りを誇る。
幾重にも枝分かれしており、花粉と思しきものがたわわに実った果実よろしくその枝先に密集している。
もし自分が花粉症持ちならこのすばらしい巨木を見上げることさえままならなかったはずだ。

唐川を歩いた後、横山、東物部、西物部、松尾、西野、西柳野、柳野中と北陸本線の西側の地区を歩いた。

野神さんは地区によってまつられる場所はまちまちで、神社境内や専用の神域、分かれ道の角地、山の中などがある。

神体は僕が見た高月町の巨木はケヤキが多いが、スギや松もある。
ほとんど巨木だが、祠として神社境内にまつられていたり、巨木ではなく石を代わりにするところもある。
野神さんは滋賀県内では高月町のある湖北地方や湖東地方に多く、大阪府や奈良県でもまつられているという。

僕が野神さんにひかれるのはそれが木という自然神であり、集落の入り口に立っていることもあるので、どこか道祖神をほうふつさせるからである。

道祖神のような素朴さはないが、胴回り樹高ともに想像を超える大きさで、出会いのたびに上を見上げては「すげ〜」と声をあげている。

町の神さまというより「村の神さま」だが、いまはその魅力にハマってしまっている。

※続きは「「相模の三魔羅」異色の道祖神と出会う旅 その二」終了後に掲載予定です。

【旅の空から】湖北の巨木、野神さんを巡る旅へ、滋賀・長浜市

道祖神から石神、そして社宮司(シャグジ)に関心を持った僕は、シャグジが木に関係すると知って以来、いつしか木に注目するようになっていた。
そして神社を通ると注連縄を巻いた御神木をチェックするのが最近の習慣である。

樹齢の古い巨木を見たければ鎮守の杜を訪れるのが手っ取り早いが、ごくまれに神社とは関係ないと思われるところにも立っていたりする。

木を気にしていたら、今度は木を見ることが楽しみになってきた。
町の神さまから町の木々へ…

ある日、一杯飲んだほろ酔い気分で本屋さんに入り、何気に棚を見ていたら「神」「木」という言葉をトロンとした目が察知した。

その本「神の木」は僕に新たな視点を与えてくれた。
これまで道祖神という名の石の神さまばかり気にしていたけど、この本に載っているのは木、つまり木そのものを神体とする、いわゆる御神木である。
副題につけられた「日・韓・台の巨木・老樹信仰」という文言にもそそられる。

この本の中で韓国人研究者である著者が最初に取り上げたのは滋賀県長浜市高月町の「野神さん」。
写真で見る限りこの野神さんはとてつもない巨木で滋賀県でも湖北、湖東地方で信仰されているという。

それにしても神社で見られる注連縄を巻いた御神木とは何が違うんだろう。

本だけで満足できないなら実物を見るしかない。
青春18切符を手に北陸本線高月駅向かった。

※参考文献
李春子「神の木 日・韓・台の巨木・老樹信仰」 サンライズ出版 2011年
※続きは「「相模の三魔羅」異色の道祖神と出会う旅 その二」終了後に掲載予定です。
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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