名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

長浜市

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その三

180805都久夫須麻神社8

狭い道を通り抜け境内に出た。
湖を向いた本殿とその手前には竜神の拝所があり、どちらも参拝客でにぎわっていた。

FATBIKEを境内のふちに立てかけ、石段を上がり国宝である本殿へ。
まずは参拝。

殿内は写真撮影禁止。
なかなか来られないところでもあるのでじっくり目を凝らすと扉や桟には細かい彫刻が施されていて豪華だ。
説明によればそのひとつひとつが彩色されているそうだが、正面部分は日に焼けており色がはげている。
そこで隙間から奥をのぞいてみると確かに彩色されていた。

参拝案内図には市杵島姫、宇賀神、淺井姫を祭神として記されていた。
一方、「日本の神々」という本には、神秘的な島自体に神が宿ると考えられたことから祭神は竹生島神ではないかとしている。

本殿の向かい側の竜神拝所では「かわらけ投げ」ができる。
かわらけとは小さな素焼きの皿で、願い事と名前を書いた二枚の皿を海に向かって投げ、鳥居の間をすり抜けたらよいとのことだ。
えいっ、と手のスナップを効かせて投げるが、うまく飛ばず落下してしまった。

参拝を終え港に降りて休憩していると、船が到着ともに参拝客が列をなして島に上陸してくる。
竹生島が信仰の島であることは僧侶の先導で参拝目的にやってくるひとの姿の多さからも分かる。

再びFATBIKEを船に載せた。
マキノ桟橋まではあっという間に到着。

「これから先も熱中症に気をつけて走ってくださいね」

船内スタッフの方の言葉にお礼をいって湖岸に降り立った。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社9

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その二

180805都久夫須麻神社4

幸い竹生島を経由する「ビワイチショートカットクルーズ」の予約は取れた。
彦根から第一便で竹生島に向かい、そして第二便で竹生島からマキノへ。

台風の影響で最初の予定日はキャンセルになり、翌週、再び予約を取るという波乱はあったけど、竹生島に向かう当日は快晴だった。

「乗れるところありませんよ」

彦根港の担当者は僕が竹生島に自転車ごと上陸するとは思ってもいなかったようだ。
でもFATBIKEがなければ意味はない。

「上陸して写真を撮りたいんです」

船は定刻通り出航、FATBIKEは船尾近くにヒモで固定された。
約四十分ほどすると緑の木々に覆われてこんもりとした島が目の前に現れた。

FATBIKEを船から下ろしたが確かに走れそうな場所はない。
そもそも道らしきものは港と拝観料を購入する場所までしかないので、自転車には乗れず押して歩くしかなかった。
そして自販機で拝観料を購入。

「自転車を担いで神社まで行ってもいいですか」

もぎりのおじさんに尋ねた。

「いいけど、なんならそこに止めておいてもいいよ」

せっかく来たのだから神社まで持っていきたい。
FATBIKEを担ぎ急な石段を上がる。
正面に大鳥居の手前を右手に道なりに進む。
朱色の小さな鳥居をくぐり露出した岩を踏みしめながら歩いていくと境内に到着した。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・都久夫須麻神社 その一

180805都久夫須麻神社1

「本当に行けるのだろうか?」

琵琶湖に浮かぶ竹生島に鎮座する近江国浅井郡の都久夫須麻神社。
行くとなれば当たり前だが、船に乗るしかならず、FATBIKEを乗せてくれる船があるのだろうか。
近江国の神社を回りながら、竹生島のことが常に頭にあった。
そんなとき自転車で琵琶湖一周をする「ビワイチ」関連本を何気に見ていたら夢のような航路を発見した。

「ビワイチショートカットクルーズ」

自転車を積んだ船が彦根港を出港、竹生島を経由してマキノ桟橋に向かうというものだ。
これなら竹生島のあとに高島郡の神社にも行けるから一石二鳥である。

オーミマリンのホームページによれば、クルーズ船は彦根港発・マキノ桟橋発ともに一日二便。
途中、竹生島上陸客を降ろしてからそれぞれ目的地に向かう。
スケジュールだけ見れば、一便に乗って竹生島上陸後、次の二便でマキノ桟橋に行くことはできそうだ。

ただ、もしこのクルーズ船を利用するとしてFATBIKEごと竹生島に上陸することはできるだろうか。
心配は尽きない。

「ビワイチショートカットクルーズ」は予約制で土日祝のみの運航である。
おそるおそるオーミマリン彦根港事務所に電話した。

写真は滋賀県長浜市。

180805都久夫須麻神社2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・大羽神社

180201大羽神社1

前方に大羽神社の社叢林が見えてきたので大通りから神社に続く道へ向かおうとしたところ、目の前にバス停が立っていた。

「酢」

大羽神社がある場所は酢と呼ばれる地区のようだ。

酢といえば僕の住む愛知県半田のミツカンが有名。
ただしこちらは酢を作っている会社である。
しかし地名で酢とは...

FATBIKEに乗って方々旅しているつもりだけどこれほどシンプルで味わいのある地名に接するのは初めてだ。
地名だけでなんだか口のなかが酸っぱくなりそうだが、降り続く雨のなか境内に向かう。

遠目には細長い社叢林に見える境内、でも鳥居をくぐり拝殿までは77歩と実際に歩いてみるとそれほどでもなかった。
まずは参拝。
賽銭箱が設置されていない代わりに拝殿の扉を開けるための穴が二ヶ所あったので一円玉を投げ入れるとうまく入った。

裏手に回り雪をかぶった桧皮葺流造の社殿に向かって頭を下げる。
さらにその後ろに回るとタブノキが社をお守りするように枝を広げていた。

由緒書は見当たらないが、境内には「白山八幡神社」と書かれた碑が立っていた。
近世、大羽神社に比定される以前は白山・八幡の両社をまつった神社だったのかもしれない。

写真は滋賀県長浜市。

180201大羽神社2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・大羽神社

180201大羽神社日吉2

今朝の中日新聞(二月七日付)一面に「福井136太兩磧廚判个討い拭
偏西風が蛇行した影響で寒気が南下したことが大雪を降らせた原因だという。

このニュースを見て心配になったのは、雪に強いと大絶賛していた我がFATBIKE。
じつは雪質や積雪状況によってはまったく歯が立たないのだ。

滋賀県長浜市で式内社を回っている最中、なかなか走ることのない雪に嬉々として突っ込んでいた。
積雪が少なければ突進してペダルを漕げば進むのだが、それ以上の積雪になるとペダルに力を入れても進まない。
それにタイヤが滑ってしまいフラフラすることもある。
湿り気の多い雪質のせいか、それとも走りすぎですり減ったタイヤのせいか...

大羽神社の論社である日吉神社へ到着した時点では雪はやみ小雨が降っていた。
鳥居をくぐり拝殿まで27歩、まずは参拝。

境内の向かい側にある社務所の隣、高い場所に公園があったのでそこから写真を撮ろうとした。
すると階段が見えなくなるくらいの雪に足がズボッとはまってしまった。
防水仕様の靴はすでに機能を失って靴のなかに雪が入り冷たくなった。
冬の古社巡礼、ここまで雪にやられたことは今回初めてだ。

新聞では今月半ばまで大雪に注意を呼びかけている。
今週末、やっと取れた連休で福井・滋賀に向かう予定なのに...

写真は滋賀県長浜市。

180201大羽神社日吉3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・比伎多理神社

180201比伎多理神社南浜1

散らついていた雪は雨に変わり、降ったりやんだりを繰り返していた。
着ていたレインウェアもメガネも雨のしずくで濡れてしまったし、積もった雪に足を取られたとき靴のなかに雪が浸みてじゅくじゅくの冷え冷え。

泣きたくなるような状態でペダルを漕いで、姉川の堤防を降りると児童公園の向こう側に南浜神社の鳥居とともに大きなイチョウの木が見えてきた。

拝殿の手前に鎮座するように立つ大イチョウ。
樹高10m、胴周囲5.5m、樹齢(伝)400〜500年で保存樹に指定されている。
真ん前に立って手のひらを樹皮にあてると風雪に耐えてここまで生きてきたというたくましさを感じる。
残念ながら冬の時期、葉が落ちたイチョウは裸ん坊だが、境内にはほかにもイチョウがあるので秋になれば目がさめるような黄葉が見られるに違いない。

入り口の鳥居をくぐり拝殿までは20歩、まずは参拝。

当社は比伎多理神社の論社。
由緒によれば当社は「南浜牛頭天王」と呼ばれており、祭神は素戔嗚尊。
拝殿に張られた幕には天王社の紋である木瓜紋が描かれていた。

写真は滋賀県長浜市。

180201比伎多理神社南浜2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・上許曽神社

180201上許曽神社川道1

彦根から長浜まで琵琶湖岸沿いを走っていると、二十代のころに冬の琵琶湖を歩いて一周したときのことを思い出した。

近江八幡をスタートした一日目は晴れだったけど、湖西から湖北にかけて曇りがちで、湖北から湖東にかけては吹雪いていた。
空はねずみ色で対岸の山並みが見られないのはそのときと同じだ。

長浜でベーカリーに立ち寄り焼きたてのバケットを一本買った。
再び湖岸に戻り東屋でミネストローネを温め、バケットを浸して食べた。
周りは雪で琵琶湖から吹く風は冷たい。
スープだけとはいえ温かいものを作って食べるのは楽しいことだ。

上許曽神社の論社である川道神社。
湖岸から内陸に走ると家の屋根の上に背の高い木々が見えてきた。
先日訪れたもう一社の上許曽神社は山の麓にあったけど、こちらは平野に鎮座している。

入り口の鳥居から拝殿まで20歩、まずは参拝。
拝殿は雪よけのため建物の周囲をビニール製の幕で覆われていた。

由緒によれば創建は和銅年間。
もとは神明社と八王子社の二つの社殿があったそうだ。
上許曽神社の祭神である大物主命は八王子社に合わせてまつられていたというが、上許曽神社の存在自体については触れられていなかった。

写真は滋賀県長浜市。

180201上許曽神社川道2

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・矢合神社

171229矢合神社2

少し前までは古社巡礼のために二万五千分一地形図を使っていた。
書店などで購入出来る国土地理院発行の地形図だ。
観光情報などは一切なく純粋にそこがどんな場所なのか地図記号で示す地図である。

近江国、旧伊香郡をまわる際に必要と思って何枚か購入したのだが、そのなかに「虎御前山」(岐阜12号−3)という奇妙な名前の地図があった。
地図を買ったときから気になっていた「虎御前山」
まさか古社巡礼の途上でそこに登るとは。

旧浅井郡矢合神社の論社のひとつ、矢合神社が鎮座するのは虎御前山である。
小高い山で標高は224m。

小雨が降ってきてしかも神社は山の上。
泣きたくなる気分だけど、FATBIKEを押して小山に上がるころには幸い雨も上がり雲の切れ間から陽が差してきた。

一ノ鳥居から拝殿まで344歩、まずは参拝。

拝殿の手前には弓を射るひとの像が立っていた。
社名の由来は往古、弓矢の上達を祈念して村民が盛んに射的を神前で行い多くの矢が行き交うことから「矢合」という名がついたとか、鎮座するこの一帯の山を「八相山」といい八相を「やわせ」と読んだとか。

写真は滋賀県長浜市。

171229矢合神社1

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・湯次神社

171229湯次神社湯次2

大路の湯次神社を出て次にやってきたのは湯次の湯次神社。

大路からはFATBIKEで十分ほど。
同じ社名の神社がそれほど遠くない場所に鎮座している例はこれまでにも幾つかあったが、式内社の湯次神社と考えられる神社も同じように比較的近い距離に存在している。

通り沿いに立つ「式内湯次神社」と刻まれた標柱。
そのすぐ後ろにはかつて立っていたであろう鳥居を撤去したような跡があった。
そこから民家が立ち並ぶ道を進むと鳥居が見えてきた。

門松が立ち注連縄に取りつけられた幣は新しい。
新年を迎える準備が整えられていた。
鳥居をくぐり正面の拝殿まで40歩、まずは参拝。
そのまま拝殿の奥に回り本殿にも手を合わせる。
銅葺きの屋根からはすでに雪は消えてなくなっていた。
社叢であるクスノキやケヤキの胴には注連縄が巻かれご神木としてまつられている。

由緒などは見当たらないが、「式内社調査報告」によれば祭神は大路と同じく建御名方命。
先ほど訪れた大路の神社とは対照的に境内はこぢんまりとしている。
社名と地名が重なっていることからすると「本家」はこちらのようにみえるのだが。
式内社って、奥が深い...

写真は滋賀県長浜市。

171229湯次神社湯次3

【FATBIKE古社巡礼!】近江國淺井郡・湯次神社

171229湯次神社1

僕がFATBIKEで式内社を回り始めてから三年ほどが経過した。

式内社全体からすればまだまだだけど、平均して一週間に一度、一回につき六社くらいを回っている。
それを三年だからかなりの数の神社を回っていることを自負している。

それだけ回っていても、第一印象で「でかいなぁ」と声が出るなんてそうそうあるわけではないが、たまに思わず漏らしてしまうことがある。
厳密に面積など数字的なものを知ってではなく、あくまでも「パッと見」の印象的なものである。

大路の湯次神社はとても大きくて広い神社だ。
ペダルを漕いでいると前方に緑の帯のような一帯が見えてきたのだが、そのまま神社の境内だった。

入り口にFATBIKEをとめて鳥居をくぐろうとすると僕の前に先客の夫婦が参拝していた。
一直線に歩き拝殿まで165歩、まずは参拝。
拝殿奥に鎮座する本殿には屋根一面を真っ白な雪が覆っていた。

建御名方命を主祭神に入り口の脇には少彦名神社、そして参道脇には大国主命社と出雲色が濃厚な神社だ。

写真は滋賀県長浜市。

171229湯次神社4
カテゴリ
最近のコメント
RSS
ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
お願い
◆お問合せ、ご質問、取材などご連絡はコメント欄へお願いします。後ほどご連絡差し上げます。


◇ ◇ ◇


◆当ブログの写真や図、文章等の無断転用・転載を禁止します。
お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
  • ライブドアブログ