名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

fatbike古社巡礼!

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、25日目。

出雲国大原郡の御代(みしろ)神社。
またの名を尾留大明神という。

社名の意味するところは記紀神話でよく知られた素戔嗚尊による八岐大蛇退治のお話。
大蛇は尊により仕留められ尾っぽは三代(みしろ)の地に留め置かれた。
社名の尾留とはここから来ていて、御代神社の社名は尾を留め置いた三代から来ているという。

尊が大蛇の尻尾に剣で切りつけると持っていた剣が折れてしまい、なかから違った剣が出てきた。
尾から出てきた剣とは天叢雲剣である。

先の五月一日、先代の天皇退位とともに新天皇が即位した。
その際に継承されたのが玉、鏡、剣のいわゆる三種の神器である。
天叢雲剣とはそのうちのひとつで、熱田神宮のご神体といわれている。

本日の古社巡礼は出雲国の最終日。
木次線木次駅で下車、河辺神社から始まり斐伊川沿いの神社を巡った。
不思議なことに祭神に素戔嗚尊をまつる神社が多く、土地柄、八岐大蛇退治にまつわる説話が残されていた。
先に挙げた御代神社が尾なら、近くの八口神社は八岐大蛇の八つの頭を切り伏した故事にちなむ。

さて、名古屋から出雲国の古社巡礼にやってきて以来、143社の神社を巡った。
最終日の今日、不思議なことに出雲と名古屋がこれほど近いと思った日はなかった。
大蛇の尾を留め置いた三代の地に鎮座する御代神社は天叢雲剣発祥の地でもあった。

しかしどういう経緯で出雲で得られた剣が尾張に届いたのか。
銅鐸が多数出土した加茂岩倉遺跡と同じく銅剣が多数出土した荒神谷遺跡が近いけど、それとは関係があるのかないのか。
さらに熱田神宮から遠くない距離にある僕のふるさと、中根銅鐸が出土したこととは関係はないのか。

御代神社境内に座っていろいろと想像してみた。
知らないだけで、出雲と尾張にはただならぬ太くて大きな縁があるんじゃないか。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、24日目。

出雲国の神社巡りは僕が松江にやって来た翌日の五月八日から始まった。
逗留先のマンション近くから徐々に距離を広げていき、「延喜式」掲載の意宇郡、嶋根郡、楯縫郡、秋鹿郡、出雲郡、神門郡、仁多郡、能義郡に所在する神社を訪れてきた。
明日、飯石郡と大原郡に残る神社を巡れば、僕がテキストにした「式内社調査報告」に挙げられている神社(旧社地以外)を訪れたことになる。

これまで何度も繰り返している通り、「延喜式」における出雲国の神社数は大和国、伊勢国に次いで多い。
かつて伊勢国の神社を三年近くかけて回った経験から、出雲国はそれよりも少ないし、松江を拠点に毎日回ることができれば、二週間くらいで終わるのではないかと甘くみていた。
自転車で走ってみて実感したのは、出雲国は山だらけで、神社を訪れるには毎日必ず峠を越え、山によっては麓の登り口に自転車を置き、自分の足で登らなくてはならないこともある。

毎日毎日しんどい思いの連続。
でも、頂上の景色に登山途中の苦労を忘れてしまうように、明日が最後だと思うと、岬や山の頂上など様々な場所を訪ねた苦労は、時間をへて楽しい記憶に転化していった。

朝から晩まで自転車に乗る、しかも連続でというのは大学時代の合宿以降なかった。
それを四十五歳になってやったわけだから相当しんどかったけと不思議と慣れてまうものである。
体が慣れたころに終わるのはなんだかもったいない。
とりあえず明日で「プチ移住」、出雲国の式内社巡りはその目的を果たすことになる予定だ。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、23日目。

僕が松江にやって来てから雨が降ったのはたった三回。
それも午前中にぱらっと降ったっきり、午後にはやんで晴れてきたから丸一日雨という日はないのだ。

松江出身の知人にプチ移住のことを話すと、出雲地方は雲が多いけどこの時期は天気がいいから、といわれて安心していた。
むしろ雨が続いてまともに神社を巡れなかったらどうしようと思っていた。

「出雲国風土記」には出雲という地名の由来について、八束水臣津野命が「八雲立つ」といったから「八雲立つ出雲」になったと書かれている。
これは僕の想像だけど、「八雲」というのは雲が多いということではないだろうか。
雲が多い、だから出雲。
雲が出やすく雨が降りやすいのが出雲。
そう考えたらいまの出雲は本来の出雲ではないのかもしれない。
雨がまったく降らないのだ。

今日は始発のJRに乗って安来駅へ。
安来から伯太町にかけての古社巡礼で、久米神社が鎮座する比婆山に登り、安来では和鋼博物館も見物した。
登山は往復一時間ほどで終わったものの、神社と神社の間は自転車に乗っている。
伯太川の涼しそうな流れを見ながらペダルを漕ぐ僕の額には汗がにじむ。

田面神社の場所を近くの畑で作業しているおばさんに尋ねた。
話好きなおばさんから神社までの行き方だけでなく、近隣の神社の祭礼や最近の天気まで話が及んだ。
やはり水不足は深刻らしく、農業用水があるとはいえ雨が降らないことをかなり心配されていた。

明日の天気も数日前までは雨の予報が出ていたので、あわよくばお休みにできるかなと思っていたが、現時点での予報は曇りのち晴れに変わっていた。
また雨が降らなそうだ。

一体、いつになったらまともな雨が降るのだろう。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、20日目。

松江駅前でFATBIKEを輪行バッグに詰め込んだ。
今日の行き先は雲南市木次町。

松江から乗った出雲市行きの電車を宍道駅で木次線に乗り換える。
つい数日前、体調不良の状態で乗ったあの電車である。

宍道駅で乗り込んだ電車はあっという間に通学の高校生たちでいっぱいになった。
見たところ二校の学校の生徒が乗ってきた。
制服に「D」マークのある学校、そして「M」マークのある学校。

電車が出発した。
輪行バッグを持っているので電車の最後部に立って周りの様子をうかがう。
男女ともに友達と話すよりも皆スマホに熱中しているのが、いまどきの高校生らしい。

僕の近くにもDとMの二校がいたけど、出雲大東駅でDのグループがすべて降りていった。

「これってマウンテンバイクですか、、クロスですか?」

近くにいたMの男の子が声をかけてきた。

「これね、マウンテンバイクのようだけどちょっと違うんだよ」

そう答えてスマホの写真を見せてあげた。

出雲大東駅まではDグループが多数を占めていた僕の近辺。
彼らが降りたのを見計らって声をかけてきてくれたみたいだ。

宍道駅から彼の目線が輪行バックに注がれるのをなんとなく感じていた。

「僕はロードに乗っています。昨日も走りに行ってきました」

真面目そうな彼に島根のおすすめルートを尋ねると、「日御碕がいいですね。それと三瓶山に「三瓶バーガー』食べに行ったんです。おいしかったからおすすめです」

じつは三瓶山、古社巡礼のコースでもあった。
しかし隣の石見国の神社なので、とりあえず出雲国を優先させるべく却下。

見るからに満を持して、声をかけてくれたようだ。
とても緊張しているのをこちらも見て取れた。
せっかくの機会なので輪行バッグのチャックを下げてFATBIKEの実物タイヤを見せてあげると「これバイクみたいですね」と笑顔になった。

自分の高校時代、雑誌を見よう見まねで真似してたことがあるし、まだ黎明期であったために、周りにマウンテンバイクに乗っている大人がいなかった。
だから生の情報を得ることはできなかった。

今朝のあの学生、親くらいのおじさんから何か影響を受けるところはあったのだろうか。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、18日目。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、17日目。
自転車の旅って人生そのものだと思う。
登りもあれば下りもある。
そしてその先に快楽がある。
その快楽とは、温泉。

と、ここまで書いたら疲れて寝てしまった。
というより、ひどい酔いが体全体に回ってしまったので、どうしようもなく書くのをやめざるを得なかった。
しかもキャンプ場のテントのなかで。

昨日は初めて、古社巡礼のなかにキャンプ泊を取り入れてみた。
四年間で初めてのことだ。
予約しておいたのは奥出雲・玉峰山の中腹にある「玉峰山森林公園キャンプ場」
ちょうど当日最後に訪れた伊賀多気神社からは一時間以内で到着できるところなので場所的には悪くない。
その前に激坂の登りというおまけがついていたが。

キャンプ場へ行く前に玉峰山荘で温泉に入浴。
前日のブログに書いた快楽、すなわち温泉である。
途中、道路端の温度計は三〇度を示していた。
乾燥していたとはいっても登り坂の多い一日だったから、まさに一日の走りを締めくくる温泉は汗をすべて洗い流してくれた。
本当にありがたい。
これまで温泉にありがたみを感じることは皆無で、わざわざ行こうなんて思うことすらなかった。
それが松江に来て変わったのだ。

浴後は近くの酒蔵で買っておいた原酒を楽しみにキャンプ場へ。
設営を終えたところ、神戸からバイクで来たという先客と一杯やることになった。
そのお兄さんなかなかの好人物で、関西人らしい軽妙な語り口を聞きながらあれよあれよという間に杯が進み酒瓶一本が空。
それからやめればいいのに、お兄さんが大好きな芋焼酎をあおったもんだから、疲れた体にそれを受け止められる余裕はなく、完全にノックアウト。
ブログどころではなかった。

そのせいか今朝はとてつもなく体がだるく、神社巡りどころか自走で松江に戻ることも無理と判断。
しかも飲み物は飲んだそばから吐き出してしまうような最悪のコンディションときてる。

幸い、キャンプ場から二十分ほどの距離にJR木次線亀嵩駅があった。
次の電車は一時間半後。
輪行をセットして駅前のベンチでひと眠り。
そうこうするうちに電車がやってきて昼前には松江のマンションに到着することができた。

ちなみに昨日飲んだ原酒、アルコール度数が十九度もあった。
走り終わった達成感で酒を飲むのは楽しい。
でもさすがに激坂が連続した昨日には原酒は強過ぎた。
今後の教訓。
走ったあとの酒は加水してあるソフトなものにしておこう。
失敗からひとつ学ぶことができた。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、14日目。

出雲国に「プチ移住」と称して島根県松江市内のマンションにひと月限定で暮らし初めて二週間がたった。
ちょうど折り返し地点。

松江到着翌日から愛車のFATBIKEに乗って出雲国の式内社を回り始めたわけだが、その間、休みは三日だけ。
気がつけば腕も顔も真っ黒に日焼けした。
夏日を記録した日もあるし、今週末は五月なのに真夏日になるという。

気温のせいもあるけど年齢のせいで、走ったあとの疲れも半端なくなった。
とくに山頂近くにある神社を訪れた翌日は必ず体が痛くなる。
ゆっくり登って山頂のベンチでお昼ご飯でも食べて下山、というのが普通だろうが、僕の場合は次の予定があるからとにかく急ぐ。
貧乏性の性格に加えて無理して急いで登って下るから、当たり前だけど疲れてしまうのた。

さて、先月にスマホからガラケーに替えて面白い機能を見つけた。
知らないうちに歩数計がその日の歩数と消費カロリーを計ってくれている。
ここ一週間の歩数は以下の通り(歩数、消費カロリーの順。休日は5月16日と5月20日。携帯電話の歩数計なので、持ってないときは計測されない)。

5月21日(火) 10051歩、683kcal
5月20日(月) 9414歩、283kcal
5月19日(日) 14239歩、1025kcal
5月18日(土) 11424歩、869kcal
5月17日(金) 8059歩、761kcal
5月16日(木) 10631歩、412kcal
5月15日(水) 8645歩、944kcal

あくまでも目安だろうが、このように出ていた。
自転車に乗っている割には休日以外は歩いているし、歩数が一万歩を越えるときは大なり小なり山を登っている。

一方、思ったほどに消費カロリーは高くない。
だから日本酒、特に加水していない原酒を飲むとせっかくカロリーを消費しても、意味がなくなってしまう。
かといって島根のお酒はおいしいからやめられない。
だから運動の割に体重は減らないんだなあ。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、13日目。

今日は三日走って一日休む「三勤一休」の休息日。
松江での休日の過ごし方(古社巡りも休みだからできることだが)は、ひたすら体を休める、これに尽きる。

名古屋にいたときの古社巡りは週一程度で、数ヶ月に一回、泊まりで出かけるという緩いペースだった。
だからひとつの国(尾張、近江といった昔の国)を回るのにかなりの時間がかかってしまう。
実際、それでも楽しかったし、行ったことがない場所に行き、酒蔵なんかに寄って帰ってくることが翌日からの活力になっていたのだ。
いまはほぼ毎日自転車に乗って神社を巡っていられるのだから、ある意味、夢のなかにいるようだ。
寝ている間に見る夢なら体が痛くても、変な夢見ちゃった、で済む。
でも「現実」という夢なので、乗り過ぎたり動き過ぎるとその分が体に跳ね返ってくる。

昨日の都武自神社についての続きを。
あれから地元のひとに話を聞きながら、神社が鎮座する山に登ることを決意した。

「神社はあそこ、頂上の近くにありますけん。あんたは若いから、一時間はかからんですよ」

そう話ながら、道順を説明してくれたおじいさんは目の前の山の頂を指さした。
神社は旅伏山(標高456m)の九合目に鎮座。
もちろん最初は登ることに躊躇したけど、朝早かったことと天気がよいことが救いだ、とポジティブなワードを口に出す。
自販機で水を買い、常に自転車に装備しているカロリーメイトをポケットに入れて登り始めた。
道は整備されているとは聞いていたけど、登山開始十五分は急な斜度がしんどくて、立ち止まっては歩き、を繰り返した。
山頂に鎮座する奥宮や山宮を参拝するためこれまでも何度か登拝したことがある。
でも急きょ、その日一番から登山するなんてこと四年の古社巡礼経験で初めてだ。

二十分を経過したころ、道は次第に緩やかになり、目の前に木製の鳥居が現れた。
勝手にもうすぐだと自分を励ましながら山道を進んでいく。
それでもかなり高くまで登っているのは事実で、出雲平野とその向こうの山並みが眺められるポイントが現れ出した。
ベンチがおいてあったけど先を急ぎたいのでスルー。
そしてとうとう、二の鳥居を発見。
これは近いはずと判断してスピードを上げた。
三の鳥居は神社境内に立っていた。
手元の時計を見て、信じられなかった。
八時四十五分登山開始、九時十五分、都武自神社到着。
その後の予定を考えたら気が焦っちゃって、ハイペースで歩いたんだろう。

参拝後、頂上広場で休憩。
眼下の出雲平野では田植えを終えた部分と田起こししていない部分がコントラストをなしていた。

おかげで、今朝は起き抜けから体に痛みが走る。
だからいまからしんじ湖温泉に行ってきます。

【FATBIKE古社巡礼!】 出雲国「プチ移住」日記、2日目。

「プチ移住」しているJR松江市内のマンション。
そこから毎日(といってもまだ二日だけど)、各地の神社に出かけていく。
昨日は駅の南、今日は駅の北側と訪ねる先によって行き先はバラバラである(おそらく今後も)。

出発時間はなるべく午前六時半前後に決めている。
というのも大きな問題が発覚したからだ。
「プチ移住」の相棒であるFATBIKEは部屋のなかに保管している。
当然だ、駐輪場にとめておいて盗難等、万が一のことがあれば大変だからだ。

しかし部屋から外に運び出す際、エレベータにFATBIKEが入らない。
入らないというのは前後の車輪を地面につけた自転車にとって自然な状態でのことだ。
そのため前輪を上に持ち上げた状態、つまり後輪だけで立っている状態で載せるようにしている。
内緒で載せてるけど、他の階からほかの住民が乗ってきたら乗るスペースがないだけでなく、エレベータ空間の半分以上を占める自転車の存在にまず驚いてしまうだろう。

そんな事態を引き起こさないためにも他の住民と出会わない、時間出発して、なるべく早く帰宅するように心がけている。

それはともかく、マンションを出て北に向かい大橋川を渡っているとき何気なく川面に目を向けると小型船が数隻操業していた。
もしかしてシジミ採りの船じゃないか。
名古屋に住んでいるときもシジミを買っていたけど、漁場が近いだけあって松江では安くて新鮮だ。

地元のお味噌を使ったシジミ汁は好きなメニューである。

お酒を飲むならオルニチンを! 
朝からシジミ漁の光景を目にしたもんだから、今日一日帰ってからの晩酌のことばかり考えていた。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国に「プチ移住」、出発準備編・その16

松江に降り立つと晴天にも関わらず、涼しい風が吹いていた。
半袖Tシャツの上に薄手のウインドブレーカーを羽織っただけの格好では少し肌寒い。
グーグルマップで検索すると「プチ移住」の拠点であるマンションは松江駅から歩いて五分ほどなので、自転車は駅で組み立てず、マンションまで輪行袋に入れたまま持ち運ぶことにした。

エレベータを上がり部屋にやってきた。
出雲国の式内社を訪ね回る旅の拠点である。
なかに入り空気の入れ替えのために窓開けた。
西側の住宅街の奥には宍道湖、南側にはしなった弓のように山陰本線の線路が伸びている。

「松江に来たんだ」

窓から景色を眺め、計画していた「プチ移住」がいままさに始まったことを感慨深く思った。

今朝の午前六時二十分。
立て続けにトイレにこもった。
「プチ移住」がどうなるのか、ちゃんと松江での生活が始められるのだろうか、心配で不安だったのだろう。
見送りの妻には緊張している姿を見透かされていた。

なんともないといえばそりゃウソだ。
だって数日で帰ってくる旅行ならまだしもひと月もいるわけだから。
一体どんなひと月になるのだろう。
不安も多いが、まずは拠点にたどり着き窓からの眺めにほっとした。

荷物を片つけてから近くのスーパーと、あらかじめ調べておいた酒蔵に日本酒を、そして米屋さんに米を買いに行った。
大橋川にかかる新大橋を渡ると、落ちかけた太陽が宍道湖の水面を照らしていた。
松江に着いてから動きっぱなし。
川岸のベンチに腰掛けるとおじいさんが僕のFATBIKEを目にとめて話かけてきた。

「ほう、松江にひと月いながら神社を回るんか。自転車でかね」

FATBIKEを肴に僕のひと月の予定を話すと、「バイクじゃなくて自転車で回るのが好きなんだね。車が多いから気をつけて」
そういって立ち去った。

松江の初日。
無事に着いてほっとしたから酔いの回りも早い。
明日から本格的に始動する。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国に「プチ移住」、出発準備編・その15

先日、久しぶりに会った大学時代の友人は現在、新潟で単身赴任生活を送り、すでに四年目になるという。
当初は一年の予定がそのうち「一、二年は辛抱して」になり、二年を過ぎても戻れる気配はなく、しまいには「最低四年」といわれてしまったそうだ。
本人は「早く帰りたいけど後釜がいないから当分帰れない」と嘆いていた。
社命で行くわけだから本人の意志は二の次ということだろう。

我が父も僕が小学三年のとき東京の本社へ単身で赴任し、翌年は家族で移り住んだ。
「嫌だ、行きたくない」という僕に父は「行かなかったら、お父さんはお仕事やめなきゃいけないんだよ」と諭すように話していたことをいまも覚えている。

明日から島根に旅立つことになった。
一ヶ月の「プチ移住」はある意味、自己都合での単身赴任でもある。
前述の友人とは真逆の単身赴任であり、四十五歳になりだれからも命令されない自由な時間をひと月過ごすことになる。

「ひと月の間、松江に住む」

休職してから会った友人にそのことを話すと皆がみな一様に、話の趣旨を理解できないでいた。
この年齢でまず「あり得ない」ことだからだろう。
もちろん、僕にはそれが許されるだけの環境、理解してくれる周囲の人々の協力があって初めてできることである。

でもさ、万にひとつでも、「常識的に無理」とか「こんなことできない」「四十にもなって非常識な」と思っていたら自分でも「プチ移住」なんてこと、頭の片隅にも思い浮かばなかったんじゃないか。
とにかく「行きたい」という気持ちが普通の四十代のひとより少し強く出てしまった。
その自分の気持ちがいまの境遇とうまく重なり、行きたい道に進めた、というだけである。
でもこれって大きいことだ。
神さまや自分の周囲のあらゆるひとたちに感謝してもしきれないくらい。
それくらい嬉しいことであるのだ。
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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